拉致は国家犯罪だと考えるとき,その犯罪への謝罪,その犯罪が何故起きたのかの説明、その犯罪事実のできる限りの公表、出来うる限りの原状回復の努力、その犯罪で引き起こされた苦痛への本人及び個人への賠償,過ちを繰り返さない事への表明などが引き続き伴うものと考える。
しかし、北朝鮮の金正日は,部分的な犯罪行為の認定と謝罪でことを済まそうとした。
それも,第2大戦以降,アメリカの軍事力の陰に隠れ,国として向き合う事を放棄してきた姿勢を転換し,国交回復の道筋をつける共同宣言をまとめるために,平壌を訪れたそのときにであった。
日本人が拉致され,北朝鮮にとどめられ,国家機関に利用されていることは,脱北者の証言から,明らかになっていた。しかし,それまで,北朝鮮は,公式に拉致された日本人の存在を否定しつづけた。
放置された日朝関係と在日朝鮮韓国人の苦難
アメリカの軍事力の壁の中で,日本は,アジアに対して,共生の展望も描かず,1国に閉じこもり経済発展を遂げてきた。中国,韓国との国交回復,植民地支配の負債の清算に対してもアメリカに許された限りで,アメリカのアジア政策に従属しながら,経済援助を主に関係拡大を続けてきた。その結果,朝鮮戦争が停止しただけで,韓米が軍事力で向かい合い,冷戦の最前線となっている北朝鮮に対して,日本は公式な国交を回復する努力はまったく行われなかった。
日朝の間に,交流がなかったわけではない。戦後すぐに,大きな交流があったのである。在日朝鮮韓国人80万人が存在し,そのうち20万人が,朝鮮を母国として,帰国していった。そして,その後も60万人に及ぶ朝鮮韓国人が,在日した。戦後,日本は,韓国との間でさえ,植民地支配によって,与えた苦難に謝罪賠償を遅らせてきた。さらに,在日との共生を進める努力をするのとは反対に,在日韓国朝鮮人を入管体制のもとにおき,監視の対象にしてきた。
在日韓国朝鮮人は,日本政府と日本国民の共生拒否の社会の中で,そして,南北分断,冷戦対決のなかで、同朋同志を扶助しあい,自らの民族と文化を失うことのない交流を様々な障害を乗り越えながら,築き上げていった。
国交なき外交の闇ー発生した政治家利権
公式のルートが制約される中で,北朝鮮,韓国,日本の分断の中で,在日朝鮮人,韓国人は,闇の苦難を背負い込むことになる。
公式には,国交回復の努力をしない一方,議員の交流,経済の交流が拡大することによって,北朝鮮を巡り,闇の中で,利権が,飛び交い,不正が広がっていった。もちろんこれには,北朝鮮の耕作活動が絡んでいる。しかし,バブルと共に拡大していった口利き政治,利権政治がなかったら,北朝鮮の裏工作に取り込まれることはなかったろう。北朝鮮の工作によって、この口利き政治,利権政治が,闇の中で,経済援助,食糧援助の決定などを通じて拡大することになる。
遅すぎた日本の国交回復の決断
こうした中で,冷戦の1貫として,米韓の軍事的圧力で北朝鮮を封じ込めつづける時代が終わりを遂げる。韓国が,北朝鮮の鎖国を解き,国際社会に参加させようと太陽政策を掲げ,南北統一に向けた交渉と交流を始める。
その一方,北朝鮮は,封じ込められる中で,そこに留まっておらず,300万人国民の命を犠牲にしても,ミサイル,核を開発し,周辺への軍事的脅威を拡大するという政策をとりつづける。
ここにいたって,日本は,国交回復を前提にしたテーブルにつくことを決断する。この決断の背景には,ミサイル,核開発を止める事。さらに、拉致被害者を取り戻すという目算があった。小泉首相は,日朝共同宣言を金正日と共にだし,拉致被害者を取り戻す段取りを確認した首相として,意気揚々と引き上げる手はずだったろう。
しかし,金正日が,その直前で明らかにした事実は,5人生存8人死亡という部分的事実,それに対する簡単な説明と謝罪だった。
このことに対して,家族の怒りが爆発し,多くの日本人もその怒りに同伴した。俺もその1人だった。
金正日は,部分的な国家犯罪の認定と謝罪で,ことを済ませ,対国家交渉に移り,ほしいものを手に入れようとした。
金政府に拉致解決をいかに迫るか
このときに使った論議が,日本国の過去の植民地支配だ。日本国は大日本帝国の植民地支配と,第2次世界大戦で引き起こした悲惨に対して,ヤルタ体制に,無条件降伏し,ヤルタ体制に指示されるままに,賠償し,直接植民地として支配する過程,戦争の過程で,朝鮮国民に与えた悲惨いついて,謝罪も,賠償もすることなくすごしてきた。
日本の大悪を持ち出し,それに比べれば俺の行為は,小悪だとし,個人の被害を切り捨てようとした。
しかし、この悪を考えるとき,大日本帝国の悪は,敗戦によって解体し,停止した。確かにこの悪によって,被害を受けた人たちへの,直接謝罪,賠償が行われていない責任は,長い間放置された。これは現在の日本国家が引き継ぎ行わなければならないことはあきらかである。
しかし,金政府が人間の生存に与える脅迫は,今も進行中なのである。このことが,過去の悪を日本国が謝罪し,国交回復交渉を始めるこを多くの国民が認めない理由となっている。
金体制の進行中の悪は,核保有による戦争の脅迫、国内での経済運営破綻からの餓死者の発生,外貨獲得のための不法工作,国内政治犯収容所を中心とする人権抑圧による恐怖政治までにも及ぶ。。
この実態への変更要求なくして北朝鮮に,ほしいものだけを与える国家交渉反対という気持ちが国民の間に起こるのは,当然である。
金体制の民主化要求は,国内外の人間の安全保障の観点から,あたりまえの要求だと思う。
しかし,この要求をどういう形で行うかに,戦争と平和の分かれ道がある。
そしてこの要求を実現しようとするとき、どんなに実態が弱弱しく見えようとも,過去の歴史のなかから,引き出された
人間の英知に基づく事が重要なのである。
拉致を2国間問題にしてはならない
単独経済制裁は孤立化の政策
先ず,救う会の佐藤正巳氏が主張する「拉致された国民とその家族を,帰国させない金体制に経済制裁を」という主張について。
日本が経済制裁を行えば,必ず,北朝鮮は倒れる。と佐藤氏は主張する。しかし,佐藤氏は,北朝鮮が,倒れる根拠を示してはいない。確かに,日本の単独経済制裁は拉致という犯罪を実行した北朝鮮,そして,それを1部認めただけで生存する拉致被害者とその家族をいまだとどめている北朝鮮に対する怒りの表現にはなるだろう。しかし,国の政策として,報復的に実行するとき,この政策は,戦争と結びつく攻撃的な政策なのである。報復の連鎖が軍事行動に発展し、戦争になり、その戦争は、近隣諸国を巻き込んで、世界戦争に発展したという歴史がある。第2次大戦後の国際社会は、2国間で起こった紛争に対して、多国間で関与し、できうる限り、平和的な解決を図るという紛争処理のルールを国際連合の下に作り上げようとしてきたはずである。
佐藤氏は、単独で、北朝鮮には、不法に対して、制裁を加えるべきだという。しかし、経済制裁で、北朝鮮の不法を止められない場合、どうし様とするのか。報復の連鎖は、どちらが停止しなければ、止まらない。
佐藤氏は,そのとき,同時に進行していたアフガン、イラク戦争で示されたアメリカの軍事力を考えていたのかもしれない。日本には、日米同盟がある。拉致に対する日本の要求を無視すれば、アメリカの軍事力による制裁を受ける事になる。この圧力があれば、北朝鮮といえども、屈しないはずはない。もし、拒否すれば、金体制は、フセインのように倒れるだけだ。
この思いは、5人の生存者をどうするかで、拉致問題を終えようとする北朝鮮に対し、憤激する国民のなかにもあった。
しかし,ブッシュのアメリカさえ、戦争の犠牲も省みず、金政権打倒後の混乱を考える事もなく、軍事行動をとるなどということは考えていなかった。
さらに、アフガン、イラクを、電撃的に占領し、圧倒的な力を示しても、占領後、簡単に、アメリカの利権に都合のいい国家を再建できるというアメリカの目論見は、完全に破綻していることが明らかになった。今のままだと軍事力で、地域を支配する事のために多額の資金を投入せざるを得ない事態に至っている。政権を破壊しただけでは、専制独裁体制から、共和制国家への再生は果たせない。
このような中で、北朝鮮との間で、単独の経済制裁という報復合戦に、入るならば、それは、北朝鮮の瀬戸際外交に利用される可能性のほうが高い。
北朝鮮と単独で、緊張関係を高めても、北朝鮮と共に、2国間の泥沼に引きずり込まれ、北朝鮮に共に向き合うべき、北東アジアの近隣諸国から、孤立化する危険のほうが大きい。
国際社会に,拉致は、平和と共生の破壊と訴えよう
拉致が犯罪であるのは,国連憲章,世界人権宣言などの国際ルールにおいてである。北朝鮮は,米韓との軍事的対峙が終了していないとわいえ,国際連合に参加しているのである。したがって,この犯罪を正すためには,北朝鮮の姿を国際社会の鏡の映し出し,平和への破壊につながる行為を行っているかを実証しなければならない。
北朝鮮は,拉致という犯罪で,日本国及び日本国民と紛争を起こしている。また,自国民の中から発生した大規模な餓死、生きるための近隣諸国への脱北は,自国民との間に引き起こしている紛争である。この現在も進行する紛争をどう解決するか。このことが,日本国及び日本国民に問われている。
大日本帝国の敗戦の中から,再出発した日本国,及び日本国民は,戦争以外の平和的手段で,紛争を解決しようとする外交に努力を尽くさなければならない。
戦争を禁止し,紛争を共同で平和的に解決することをめざす国際連合、国際社会と協調して、日本及び日本国民の安全を考えるという視点をはっきりもち,北朝鮮が引き起こす紛争に対処しなければならない。日本国は,国際連合と国連憲章の示す精神と同じ精神を持つ日本国憲法で,戦後復興を果たした。したがって,戦後初めて,他国から直接日本国民に向けられた紛争解決をこの精神で果たさねばならない。
しかし,アメリカのブッシュ政権は,この精神を否定し,先制攻撃テロとの戦いで,アフガン,イラクを侵略し,第1次大戦前の無法な戦争を実行している。
北朝鮮金正日が引き起こす紛争は,さらにそれ以前の封建社会的無法を含んでいる。
金体制が引き起こす無法に,怒りを感じるが,その怒りを直接制裁,報復で返すことは戦争の連鎖に向かう危険がある。だからこそ,国連憲章の中に,そしてその後の合意の中に紛争解決のための武力行使も,報復的な武力行使も禁止する事が書き込まれたのだ。
単独経済制裁と国連の下での経済制裁の違い
経済制裁の禁止は書き込まれていない、武力行使とは違うという反論も出るだろう。しかし,武力制裁と経済制裁は密接に関連しているし,単独国家が,報復的に行使する事は,はっきりと禁じられているのだ。
アメリカは,国家間の経済的な対立にいたるまで,経済制裁を行ってきた。しかし,アメリカのルールで,世界を見てはいけない。
経済制裁が国際的なルールの中に,持ち出されたのは,戦争を違法化した国際ルールを目指す国際連盟においてだった。戦争を違法化して,平和をどう作るか。そのために,対立関係にある国を集団の中に取り込み,集団内の1国が他国に対して行う攻撃は,集団総てへの安全の侵害として,集団的制裁行動をとるとし,経済制裁それで不十分と認めたときは武力制裁を定めた。
この国際ルールを国連が引き継いでいる。確かに拒否権を持つ米ソを中心とする冷戦下では,この制裁を認定し,発動する権限が安保理にあり,これが発動されるためには、拒否権が発動されないという前提も必要で,充分に機能しないという問題点もあった。
だからといって,このルールを無視し,第2次大戦前のように紛争解決は,最終的には,当事者の武力行使によるという時代に逆戻りできようか。アメリカは,ブッシュの先制攻撃論で,国連精神を踏みにじり戦争を拡大しているが。
国連の下で行う平和の破壊国に対する制裁措置