アフガン・イラク・北朝鮮と日本
《掲示板の論点12》 靖国問題−5度目の小泉参拝を契機に

  [論点解説]

 小泉首相が、'05年10月23日に、首相就任以来5度目の靖国公式参拝を行い、国内の反戦平和勢力や中国・韓国・欧米諸国など諸外国の世論がそれに懸念を表明しました。拙サイトでもこの小泉靖国参拝を巡って議論が巻き起こりました。

 此処では、靖国(参拝)問題に関する過去の投稿を紹介した後、今回の参拝を巡る議論の流れや特徴的な投稿を幾つかをピックアップして掲載しています。


●靖国神社の境内案内図
出典:靖国神社公式HP 
http://www.yasukuni.or.jp/index2.html

1.本殿  9.軍犬慰霊像      17.戦没馬慰霊像・鳩魂塔 
2.霊璽簿奉安殿
(れうじぼほうあんでん)   
10.靖国偕行文庫     18.大手水舎
3.拝殿 11.母の像 19.白鳩鳩舎
4.元宮 12.祭儀所 20.駐車場
5.鎮霊社 13.参集所 21.大村益次郎銅像
6.神門 14.遊就館
(ゆうしゅうかん) 
22.駐車場入口
7.神池庭園 15.斎館社務所 23.慰霊の泉
8.相撲場 16.能楽堂 24.第一鳥居(大鳥居)

●靖国神社主要施設の解説

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』−「靖国神社」    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
※但し適宜添付の脚注は当HP編集者によるものである。

  • 大鳥居(第一鳥居)
1974年完成した、鋼管製の鳥居。柱の高さが約25メートル、笠木(上の横木)の長さは約34メートルあり、重量は100トン。震度7の地震や、風速80メートルの強風でも壊れないと言われている。
  • 大村益次郎像
東京招魂社〔現 靖国神社〕建立に奔走し場所決定後、暗殺された大村益次郎の像。1893年に造られた日本初の西洋式銅像。戊辰戦争の際、司令官として彰義隊が立てこもる上野寛永寺を見つめていた姿を模したもの。
  • 大燈籠
日本一の大きさの燈籠。1935年に富國徴兵保険(現 富国生命)が奉納した。九段下駅側から右側の燈籠には、日清戦争から満州事変までの大日本帝国海軍の戦闘場面が描かれ、左側の燈籠には、同じく日清戦争から満州事変までの大日本帝国陸軍の戦闘場面が描かれている。終戦後、GHQによって撤去させられそうになったが、撤去はされなかった。
  • 鎮霊社
靖国神社本殿に祀られていない御霊と、全世界の戦死者や戦争で亡くなった御霊が祀られている。(注:1965年造営の小さい祠でしかなく、当該御霊は靖国神社の祭神柱数には含まれていない)
  • 遊就館(博物館)
『荀子』の「遊必就士(遊ばば必ず士に就く)」(遊歴するときはかならず優れた人物に交わり学ぶの意)を典拠とする。合祀されている英霊の遺品や資料や戦争で使用した武器などを展示している。収蔵品は約10万点。約5000人の遺影もある。また、零戦52型(海軍零式艦上戦闘機)や人間魚雷「回天」もある。他には、真珠湾攻撃成功の電文である「トラ・トラ・トラ」、「戦勝」を祈願した血染めの日章旗や終戦時の陸軍大臣阿南惟幾の「一死をもって大罪を謝し奉る」という血染めの遺書もある。
  • 招魂斎庭(跡、注:位置は左図20の駐車場)
招魂斎庭は例大祭に合祀を行なうときに最初に神霊を招ぎおろす祭壇である。その重要性にもかかわらず、現在そのほとんどを駐車場にしてしまい、一部からは批判されている。

  アフガン板での過去の投稿より ('04年1月、'05年5・6月)

靖国神社は断じて「慰霊」「鎮魂」施設などでは無い 
投稿者:社会主義者  投稿日: 1月 4日(日)09時14分26秒(2004年)
小泉首相が元日に靖国参拝 中韓両国が強く反発

 小泉純一郎首相は1日午前、東京・九段北の靖国神社を参拝した。2001年4月の首相就任以来、年1回参拝しており
今回で4回目。元日は初めて。首相は参拝後、記者団に「日本が平和のうちに繁栄するようにとさまざまな思いを込めて参
拝した」と強調、今年の参拝は今回限りとの考えを表明した。
 靖国神社にはA級戦犯が合祀(ごうし)されているため中国や韓国などは参拝に強く反発してきた。首相が元日を選んだ
のは「初詣で」の形で参拝することで批判をかわす狙いがあるとみられる。だが、中国の王毅外務次官が「強い憤りと非難
を表明する」と抗議するなど反発が出ており、中断している日中首脳の相互訪問や北朝鮮をめぐる6カ国協議再開への調整
にも影響が出る可能性がある。韓国も外交通商省が報道官声明で「憂慮と憤怒を禁じ得ない」と強く批判した。(共同通信)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040101-00000088-kyodo-pol

[コメント]
 21世紀になっても執念深く「大日本帝国」の怨念引きずりさ迷い出てくる靖国亡者の参拝。正月早々うんざりするが、と
りあえず抗議の意味を込めて、下記投稿を上梓しておきます。

---------------------------------------------------------
靖国神社は断じて「慰霊」「鎮魂」施設などでは無い

■靖国神社概要
 靖国神社は、明治2年(1869)に明治天皇の思し召しによって、戊辰戦争(徳川幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わ
る時に起った内戦)で斃れた人達を祀るために創建された。
 初め、東京招魂社と呼ばれたが、明治12年に靖国神社と改称されて今日に至っている。
 後に嘉永6年(1853)アメリカの海将ペリーが軍艦4隻を引き連れ、浦賀に来航した時からの、国内の戦乱に殉じた人達を
合わせ祀り、明治10年の西南戦争後は、外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社である。

■靖国神社御祭神戦役・事変別柱数
 明治維新    7,751  西南戦争  6,971
 日清戦争   13,619  台湾征討  1,130
 北清事変    1,256  日露戦争 88,429
 第一次世界大戦 4,850  済南事変   185
 満洲事変   17,176  支那事変 191,243
 大東亜戦争 2,133,885   合計 2,466,495 (平成15年10月17日現在)

                   靖国神社公式HPより
                   http://www.yasukuni.or.jp/annai/index.html


 以上の資料で明らかなように、

(1) 靖国神社は最初から死者を選別している。

 靖国神社には天皇制政府の国体護持や戦争遂行に功績のあった人間しか祀られていない。幕末の会津藩士、西南戦争の西
郷軍兵士、東京大空襲などの犠牲者は最初から排除されている。広く戦争犠牲者を弔う姿勢は微塵も無い。「死者の生前の
行いに鞭打つ所業」云々は靖国亡者がA級戦犯合祀批判者に反論する際の常套句だが、靖国神社自体が「死者を生前の行い
に準じて選別」しているのである。

(2) 靖国神社は「慰霊」「鎮魂」施設などではない。
  
 靖国神社の由来は「鎮魂」ではなく「招魂」である。
 犠牲者の魂を安らかに弔うのではなく再びこの世に呼び寄せ敵討ちさせる、戦意高揚の為につくられた施設である。だか
ら、靖国神社公式HPの「遊就館」のページにあるように、徹頭徹尾「大東亜戦争」肯定の戦争観に沿った展示がされてい
るのである。それは、下記の広島原爆慰霊碑の碑文とは対極の思想である。

  安らかに眠って下さい/過ちは繰返しませぬから

(3) 戦犯復活によって慰霊の歴史は歪められた。

 今や靖国亡者の中心部隊と化した日本遺族会だが、その前身は日本遺族厚生連盟(以下、連盟と略す)である。連盟は当
初「遺族の救済と相互扶助」を目的とし、規約にも「戦争を防止し、世界の恒久平和を確立し、全人類の福祉に貢献する」
とあった。それが、戦後の逆コース・公職追放解除措置によって賀屋興宣のようなA級戦犯が政界復帰を果たし、政府の支
持・援助を受けていた連盟幹部として居座るようになった。連盟は規約から反戦・慰霊の部分を削除し、英霊を称える組織
「日本遺族会」に変質させられていった。

 ・詳細は王希亮「日本遺族会とその戦争観」参照。
  http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/ou_izokukai.htm
 現在、日本遺族会が組織しているのは全遺族の約半数でしかない。日本遺族会の方針に飽き足らない遺族の方々はキリス
ト教遺族会などと共に1986年、「平和を願い戦争に反対する戦没者遺族の会」(平和遺族会)を結成した。以下、昨年の小
泉首相の靖国参拝に対する平和遺族会の抗議声明を以って、靖国亡者への反論とする。


 小泉首相の靖国神社参拝に対する抗議声明(2003年1月14日)

 本日、小泉首相は首相就任以来3度目の靖国神社参拝を行った。首相は、参拝後、記者団に対して、次のように答えてい
る。
 「戦没者に対する敬意と感謝を込めて、哀悼の念を示したものだ」。中国や韓国への説明についても、「どの国でも伝統
とか文化は尊重しあっているし、仲良くできるのでは」と。
 首相のこうした考えに基づく靖国神社参拝を、私たちは、戦没者遺族として到底認めることはできず、強く抗議する。
 言うまでもなく、靖国神社は明治以来の「天皇や国のために戦って死んだ戦没者」を「英霊」、神として祀る宗教団体・
宗教法人である。このような靖国神社を、国を代表する首相が参拝することは、日本国憲法第20条に明記されている政教
分離原則に抵触することは明白である。ましてや、首相就任以来3年連続の参拝の違憲性は、これまでの司法の判断からも
明らかである。
 同時に、アジアに対して長期にわたって侵略・加害の歴史を繰り返した日本にあって、靖国神社は軍国主義の精神的支柱
の役割を担った。しかし戦後、靖国神社は侵略戦争を指導した最高責任者らを合祀し、今日に至っている。
 さらに首相は、1月20日から始まる通常国会において、戦争に道を開く有事法制の本格的審議・成立を強調してはばか
らない。しかもイラク攻撃を辞さないアメリカを全面支援する政府は、すでに自衛隊・自衛艦の海外派遣を行っている。
 私たちは、再び戦争に加担せず、真の平和を創り出すために、戦没者を「英霊」とし顕彰する靖国神社に今なお勝手に合
祀されている旧植民地の戦没者遺族の悲しみと怒りを顧みず、一部の戦没者遺族の声にのみ答える首相の政治姿勢に改めて
強く抗議する。
 2003年1月14日
 平和遺族会全国連絡会
 (代表=小川武満、事務局長=西川重則)

※注:当該投稿を編集するに当っては、2つの分割投稿から成っていた原文を1つにまとめ直しました。
   合わせて機種依存文字(丸数字)の訂正も行っています。


「ボケと突っ込み」のマッチポンプ  
投稿者: 社会主義者  投稿日: 5月26日(木)09時17分32秒(2005年、以下同じ)
・小泉首相との会談中止、中国副首相が急きょ帰国へ(読売新聞)
 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20050523i204.htm
・「おわびのひと言もない」町村外相が批判(産経新聞)
 http://www.sankei.co.jp/news/050524/sei056.htm
・中国副首相帰国、これ以上のコメントは生産的でない=官房長官(ロイター)
 http://www.reuters.co.jp/newsArticle.jhtml?type=worldNews&storyID=8595376

 中国の呉儀副首相が小泉首相との会談を直前にキャンセルして帰国した問題で、その原因が副首相訪日中の小泉首相の靖
国参拝発言であるとか、会談キャンセルの表向きの理由である「緊急公務発生」の中身についても、副首相が大連に立寄り
後直ぐにモンゴルに向かった事や、青海省での鳥インフルエンザ発生の可能性について取り沙汰されています。

 靖国問題・歴史認識の問題については、私の原則的立場を先に改めて表明しておきます。

●靖国神社は戦没者の慰霊・鎮魂施設などではありません。そんな事は、靖国神社の出版物や遊就館の展示を見れば直ぐに
分かります。靖国神社が意図しているのは、決して「過去の慰霊・鎮魂」などでは無く、「戦犯の怨念を、今度は米国の傘
の下で現代風にアレンジして蘇らせる事」です。

●靖国神社や「つくる会」が賛美して止まない過去の日中戦争やアジア太平洋戦争(「つくる会」は大東亜戦争と呼称)の
目的も、決して「欧米植民地主義の駆逐」などではなく、「日本が欧米に取って代わる事」でしか無かった。第2次大戦後
のAA諸国の独立は、日本も欧米も共倒れして帝国主義の世界体制が弱まったのが契機であって、別に日本がAA諸国を解
放する為に戦争をした訳ではない。だから、一度は日露戦争での日本の勝利を喜んだ孫文やネルーも、やがてそんな日本帝
国主義の実態を見抜いて反帝反植民地主義の立場を鮮明にしていったのです。確かに当時の日本の文化人・識者の一部に
は、アジア侵略の意図からでは無く純粋な立場で中国革命やインド独立運動を支援した人もいましたが(岡倉天心などが唱
導したアジア主義の潮流や、新宿中村屋カレーとラス・ビハリ・ボースとの関わりなどに見られるように)、そういう人は
当時はあくまで少数派でしか無かった。

●上記の指摘をすると必ず「当時はそうするしかなかったのだ、日本も欧米と同じ事をして何が悪い」という「居直り強
盗」みたいな反論が返ってきたりする訳ですが、当時(1920〜30年代)既に時代は「居直り強盗」の天下から「民族
自決、民衆の世紀」に変わりつつあった訳です(例:ロシア革命、ドイツ革命、ウィルソンの民族自決、中国革命の進展、
インド・中東・中南米での民族主義・反帝国主義運動の発展)。当時の日本はそういう時代の変化も分からず、相も変わら
ず日清・日露戦争当時の「居直り強盗」の価値観のまま、アジア侵略に向かって突っ走り世界から孤立した挙句に自爆して
しまったのです。

●「東京裁判は戦勝国主導によるもの」というパール判事の指摘も、第2次大戦の別の側面を言ったまでであって、それが
即「かつてのファシズムや大東亜戦争は正しかった」という免罪論にはなりません。第2次大戦の主要な側面は、あくまで
も「反ファシズム戦争」です。

 以上の事を踏まえた上で、今回の中国副首相のドタキャン劇を論評すると、今までのあらゆる場面において歴代の日本政
府の行為が「言行不一致の極み」であった事が、そもそもの問題の発端です。ODAなどの金銭解決でお茶を濁そうとする
姿勢や(その為、田中角栄首相が'70年代にジャカルタで反日デモの洗礼を受けたりもした)、「戦後60年一貫して平
和国家として努力してきた」と言いながら、その舌の根も乾かないうちに歴代閣僚の歴史改竄発言が繰り返されたり、靖国
参拝や「つくる会」教科書を採択したりしている訳で、そういう二枚舌については中国・朝鮮だけでなくその他のアジア・
欧米諸国からも常に疑惑の目が向けられてきました。

 今回のドタキャン劇を巡るトラブルを見て私の頭の中に思い浮かんだのが、以前スパルタクスさんが投稿された、日朝国
交正常化交渉を巡っての政府と「救う会」の間の「アクセルとブレーキ、ボケと突っ込み」の比喩です。

> 小泉政権が国交正常化?  投稿者: スパルタカス  投稿日: 3月25日(金)14時40分5秒
> 救う会が政府を批判しても、実際に政府が困ることはないです。拉致事件を幕引きして、国交正常化したいのが小泉政権
の本音なら、もっと早くやっているでしょう。そんな甘い連中ではない。救う会と政府はアクセルとブレーキ、ボケと突っ
込みで、一つの人格だと考えるべきであって、まともに国交正常化したい相手に「子供と一緒」などとは言わないでしょ
う。北の「不誠実な対応を国際的に非難」するのが政府の役目です。経済制裁と国交正常化の間をマスコミの右からの非難
を浴びつつ行き来するのが政府の役目。簡単に国交正常化してしまったら、小泉内閣の評価を上げる仕事がなくなります。
マスコミと政府と救う会で常に緊張と弛緩を繰り返し、中途半端状態にして苦しめ、誰も救わないじらし戦術。北朝鮮打倒
を掲げれば、憲法改正・右傾化・軍国化・軍拡をやりやすいのです。
 http://afghan2004.hp.infoseek.co.jp/kakolog75.htm

 今回の例で言えば、「強硬」発言の町村外相・武部幹事長は差し詰め「ガス抜き役」、「臭い物に蓋」発言の細田官房長
官は「叩かれ役」といった所でしょうか。「ガス抜き役と叩かれ役」「アクセルとブレーキ」の「ボケと突っ込み」の相乗
効果で、日本の右傾化・ネオコン化と新自由主義・格差社会化がどんどん進められるのでしょうか。

 憲法・教育基本法改悪、海外派兵解禁、日本の常任理事国入りの実現に向けて、これからも何かあるたびにこういう「マ
ッチポンプのやらせ劇」を見せ付けられると思うと、もうつくづくウンザリします。

靖国問題を考える上での参考資料  
投稿者: 社会主義者  投稿日: 6月 1日(水)10時06分23秒
 靖国参拝問題やミンダナオ島の元日本兵生存報道(こちらはガセネタの気配が濃厚になってきたが)でもまたぞろ、「靖
国神社や元日本兵に敬意を表さない者は、死者に鞭打つ輩だ」なんて事を、如何にもしたり顔で分かったような口ぶりで吹
聴されるたびに、うんざりします。

 「一兵卒の命は一銭五厘、馬の鴻毛よりも軽し」よろしく、軍隊内での新兵いびりを黙認し、前線にはろくすっぽ補給も
せず「自活自戦」の名目で現地住民の物資・財産をさんざん略奪し、ガダルカナル島やインパール作戦で兵士を餓死に追い
込んでおきながら(旧日本軍の死者の中で一番多かったのは実は戦死者ではなく餓死者である)、今頃になって涼しい顔で
「死者に鞭打つ」云々などと、よくも言えたものです。
 http://homepage3.nifty.com/sizenrankato/minpou/minpou2001/minpou2001.8.19/newpage4.htm

 以下、sinken板でのここ数日間の投稿からの拾い物と、その関連資料。
 http://6547.teacup.com/sinken/bbs

・戸部良一・他著「失敗の本質−日本軍の組織論的研究」(中公文庫)
 日本軍の失敗を組織論から見た論文。
  http://y-kyorochann.at.webry.info/200504/article_1.html
  http://books.blog-fan.com/asin/4122018331.html
・戦陣訓
 「生きて虜囚の辱めを受けず」−兵士を徒に消耗戦に追いやった当時の教え。
 http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/sennjinnkunn.htm
・侵略戦争(noriaki1963の日記)
 アジア太平洋戦争で、日本民衆は如何に翻弄されていったか。
 http://d.hatena.ne.jp/noriaki1963/20050525
・梅原猛の靖国神社論2稿
 両論とも「靖国神社は、実は日本古来の伝統とも無縁だった」と主張。
 「平和憲法は超近代の理想です」(東京新聞)
 http://www.tokyo-np.co.jp/shouwa0/txt/041130.html
 「教育基本法を変えてはならない」(「世界」01年8月号)
 http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2002/01254/contents/636.htm

 今日6月1日の産経新聞朝刊に、本日発売の雑誌「正論」7月号の案内が掲載されています。早速その中に「紛争が生ん
だ必要悪、民間軍事会社の存在意義」なんて記事が掲載されています。どんな内容か、仕事帰りにでも時間があったら見て
みるつもりですが、凡その察しは付きます。

 成る程ね。靖国の死者を敬え→民間軍事会社や傭兵はテロ抑止とコスト削減に貢献(上記当該記事も、大方こんな内容で
しょう)→我々も「国際貢献・国益保持」の為に、靖国の死者や民間軍事会社・傭兵に続いて「イラク戦争に協力しろ」
「失業者はイラクへ(ハロー・ウォーズ)」−という事ですか。

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>>A級戦犯合祀  投稿者: metas  投稿日: 5月30日(月)14時27分4秒
> 靖国は国・天皇の意向より遺族会等の意向に沿うことを選んだのです。
これを機軸に靖国をより国から引き離すことは出来ると思いますが。

 これだけ少しレスしておきます。
 metasさん、是をもって「靖国をより国から引き離すことは出来る」なんて事には成りません。何故なら、日本遺族会は
当初は日本遺族厚生連盟という名称で、会の性格も今と違い「恒久平和を念願し戦争を防止する」事なども謳っていまし
た。その後、国の意向を背景にして公職追放を解除された戦犯政治家が会の中枢に居座る下で、当初の前記規定が削除され
て、今の様な日本遺族会の姿になったのです。つまり、今の遺族会の意向=国の意向なのです。
 http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/backnumber/02/ou_izokukai.htm

(以下は別件のコメントに付き、省略)
  アフガン板での今回の投稿より ('0510)

断固抗議!<s>×ポチ小泉猪×</s>の靖国参拝&10/23『戦後60年-シンポジウム「靖国神社と追悼」』のお知らせ  
投稿者: 原 良一  投稿日:10月17日(月)12時25分18秒
         ↑
      ×ポチ小泉猪×のつもりです。

 今朝5時半頃に目が醒めてしまい、寝付けないので仕事を再開して8時過ぎに眠くなって再び横になって再度目が醒めた
のが11時39分、PCを開けてみたら「小泉首相靖国参拝」のニュースが!慌ててテレビを点けて確認しました。

 振り返ってみれば、靖国は今日17日から例大祭で、以前からポチ小泉猪の参拝が危惧されていました。その意味では予想
通りですが、現状のままでの首相の靖国参拝は許されることではないので、断固抗議し、糾弾します。

 以下は、会員でもある資料センター(日本の戦争責任資料センター)のシンポジウムの案内です。一人で連続投稿を繰り
返すのは、と思って投稿のタイミングを図っていたのですが、状況が変わったので投稿します。

****(拉致問題の解決を妨げるポチ小泉猪の靖国参拝反対!)******************
****(生きてる拉致被害者より、英霊参拝優先のポチ小泉猪打倒!)************

<転載をお願いします>←発信元からの要請です

 10/23『戦後60年-シンポジウム「靖国神社と追悼」』のお知らせ

                             2005-10/15
                      日本の戦争責任資料センター
                                jwrc@mua.biglobe.ne.jp
                      03-3204-7477(発信 楠)

 日本の戦争責任資料センタ−では、10月23日(日)に
『戦後60年--シンポジウム「靖国神社と追悼」』を開催します。
皆様のご参加をお待ちしています。
  併せて、9月20日に発行された
・『季刊・戦争責任研究』49号
および
・付録ボランティア誌 「 Let's No.48号」の目次をお知らせ致します。

+++++++++++++ 戦後60年! シンポジウム +++++++++++++++
         『靖国神社と追悼』


日 時:2005年10月23(日) 午後1時半〜4時半
講 師:田中伸尚(ノンフィクションライター)
     内海愛子(恵泉女学園大学教員)
     吉田裕  (一橋大学教員)
司 会:上杉聰(日本の戦争責任資料センター事務局長)
場 所:韓国YMCAアジア青少年センター9階国際ホール
    千代田区猿楽町2-5-5 電話 03-3233-0611
交 通:JR水道橋駅徒歩6分、御茶ノ水駅徒歩9分、地下鉄神保町駅徒歩7分
地 図:<http://www.ymcajapan.org/ayc/jp/
参加費:500円(会員:300円)
問合せ:日本の戦争責任資料センター 電話&Fax:03-3204-7477
    jwrc@mua.biglobe.ne.jp


*************************************************************

季刊 戦争責任研究 第49号 目次            2005/09月号
<特集>  戦後60年
戦後60年・・・・・・・荒井信一(日本の戦争責任資料センター共同代表)
『日韓保護条約』100年・・・・・・・中塚 明(奈良女子大学名誉教授)
公開された日韓会談関連外交文書について・・・・・吉澤文寿(大学講師)
名前を記す--大阪空襲死没者名簿編纂事業を終えて--
     ・・・・・・・・・・・・・・・・佐々木和子(関西大学講師)
沖縄陸軍病院における青酸カリ配布の実態・・・・・・・・古賀徳子
                     (南風原町史編集室嘱託員)
「強制動員真相究明ネットワーク」の設立にあたって・・・福留範昭
                  (強制動員真相究明ネットワーク)
       ---------- * ---------------
戦時動員(強制連行)された朝鮮人とその遺族の戦後・・・山田昭次
                         (立教大学元教員)
『未来をひらく歴史』作成の経過と論点(下)・・・・・・齋藤一晴
                   (明治大学大学院博士後期課程)
自治体における無防備地域宣言・・・・・・前田 朗(東京造形大学教授)
資料紹介 沖縄ーキャンプ・コザに収容されていた朝鮮人「慰安婦」の写真
                 ・・・・・・・・・センター研究事務局
歴史観 X メディア=ウオッチング26 --政官民癒着体制での採択「惨敗」
  --証明された草の根民主主義の健在ぶり---
                ・・・・・  高嶋伸欣(琉球大学教授)

---------------------------------------------------------------------

付録  レッツ48号                  05-9月号
時評  南京・済南・青島を訪ねて              飛田雄一
      (神戸・南京をむすぶ会事務局長、神戸学生青年センター館長)
原爆の図 丸木美術館存続への支援のお願い         丸木美術館
【共同声明】「つくる会」教科書は再び国民に支持されなかった
    ---- これは市民の良識と民主主義の勝利です ---
杉並で何が起こったか――「つくる会」教科書採択の顛末    渡辺容子
                   (杉並の教育を考えるみんなの会)
戦時下の植民地台湾における国民学校音楽教育について
      ―皇国民養成のための音楽教育―         岡部芳広
                        (都立芸術高等学校)
戦争犯罪論ノート-17 国際刑事裁判所の管轄権(1)      前田 朗
                          (東京造形大学)
小泉劇場の総選挙のなかで                  安齋徹雄
                                                (design room LEF)
ボランティア・セミナー参加の記…Assorted…        田口三省
サマーセミナーで森井眞さんにお会いして           楠 正昭

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        <戦争責任資料センターのご案内>
当戦争責任資料センターの詳細は下記HPをご覧ください。
戦争責任資料センターは1992年に設立されました。会員によって維持され、
季刊誌『季刊・戦争責任研究』を発行しています。
会員には一般会員 ¥7000/年、および維持会員 ¥20000/年があります。
どうぞ会員になって、センターの諸活動を共に支え、広げてゆきましょう。
会員のお申し込みや季刊誌のご注文は
           jwrc@mua.biglobe.ne.jpまでどうぞ。
会員のお申し込みがあれば、季刊誌をお送りいたしますので、「何月から」と
明記し、お申し込みください。
『季刊・戦争責任研究』は1部でもご注文をお待ちします。(送料はご負担ください)
 一般書店では「地方出版取次」とお申し出くだされば、1冊¥1020 でご入手できます。
この場合、ボランティア誌 「 Let's  」の付録はありません。
 多くの図書館や大学図書館、あるいは女性センターなどの公的機関での定期購読
を希望します。お近くの、あるいは勤務先の図書館などに購入をおすすめください。

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         日本の戦争責任資料センター
Center for Research and Documentation on Japan's War Responsibility
               http://www.jca.ax.apc.org/JWRC/
〒169-0075 新宿区高田馬場1-28-7-607
TEL&FAX 03-3204-7477       jwrc@mua.biglobe.ne.jp

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(転載終了)
****(拉致問題の解決を妨げるポチ小泉猪の靖国参拝反対!)******************
****(生きてる拉致被害者より、英霊参拝優先のポチ小泉猪打倒!)************

 AMLに来ていた抗議行動の案内を転載します。

 平和遺族会事務局の佐々木です。

【以下転送大歓迎!】

明日正午から首相官邸前で小泉首相の靖国参拝強行に抗議を!

 本日(10月17日)、小泉首相はまたもや靖国神社参拝を強行しました。


 日本の侵略戦争で多大な被害を受けたアジア諸国や日本国民の「参拝中止」の声、そして司法の相次ぐ「首相の参拝は憲
法違反」との判決に背を向けて、靖国神社参拝を強行した小泉首相に強く抗議し、明日(18日)正午から、首相官邸前での
緊急共同抗議行動をよびかけます。

 ぜひご参加下さい。

          <緊急共同抗議行動>

◎呼びかけ団体
 平和遺族会全国連絡会、NCC(日本キリスト教協議会)靖国神社問題委員会、
「靖国 参拝違憲訴訟の会・東京」、政教分離の侵害を監視する全国会議
◎日時=10月18日(火)正午から約1時間。雨天決行。
◎場所=千代田区永田町の首相官邸前(集合は30分前に衆議院議員面会所に。
地下鉄国会議事堂前又は永田町下車)
◎各団体の抗議声明、のぼり、横幕、プラカードなどをご持参下さい
◎行動終了後、内閣府を通じて抗議声明提出と申し入れを予定
◎問い合わせ先
 電話・FAX042-574-9210(西川重則・平和遺族会全国連絡会代表)
 電話・FAX03-3803-4671(須賀誠二・NCC靖国神社問題委員会委員長)

ポチ小泉猪靖国参拝への抗議声明各種  
投稿者: 原 良一  投稿日:10月18日(火)22時32分37秒
 本格投稿する時間がないのですが、沈黙するのも良くないので、ポチ小泉猪の靖国参拝に対する抗議声明を紹介します。
主にAMLからの転載です。

 声明のすべてを支持するものではありませんし(読み込みも完全ではありませんが)、斃倭船(ピースボート)など、護
金派として認識し、「本業」で対立している団体もありますが、少なくともポチ小泉猪が靖国に参拝すべきではないという
基本線で一致しているので、紹介します。

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 在韓軍人軍属(GUNGUN)裁判を支援する会の古川です。重複お許しください。

 今日の小泉首相の靖国参拝に対し、GUNGUN裁判原告団体である
太平洋戦争被害者補償推進協議会(共同代表:李熙子さん)
から抗議声明が届きました。
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 小泉首相の靖国神社参拝に伴なう抗議声明

 今日(10月17日)、日本の小泉純一郎首相は内外の反対を押し切って靖国神社参拝を敢行した。韓日国交正常化40周年を
迎えて望ましい過去史清算に基づいた新しい韓日関係を確立しようとしている両国市民の努力を無残に踏みにじる暴挙以外
の何者でもない。

 過去、日本はアジア各国を侵略してアジアの民衆を虐殺し、ひいては彼らを侵略戦争の銃弾の的として動員した。アジア
の所々に無残に死んでいった怨魂は終戦60年が過ぎてもその恨みをはらすことができずにいる。この間、韓国はじめアジア
各国は日本の反省と謝罪を追及してきた。しかし小泉首相は、アジア太平洋侵略戦争をアジアを解放してやるための「大東
亜聖戦」であったと主張し侵略戦争の首謀者であるA級戦犯を軍神と崇めている靖国神社を毎年参拝してきた。

 私たちは小泉首相が軍国主義の象徴である靖国神社を訪問、参拝することは過去の日本の侵略戦争を正当化するのみなら
ず、犠牲者や遺族に癒えることのない傷跡を残し、侮辱することであると絶えず指摘してきた。韓国や日本、沖縄、台湾の
遺族は小泉首相の靖国神社参拝が政教分離を謳った日本国憲法に違反し、遺族らに精神的被害を加えているもので、これを
中止させるべきであるという訴訟を起こした。先の大阪高等裁判所の判決(9月30日言い渡し)で日本の司法は首相の参拝
が靖国神社を特別な位置に格上げし参拝者が増えていることなど、相当な影響を及ぼしており、靖国神社の宗教化を醸成、
促進する役割を果たしていると判断した。

 裁判所のこのような判断を気にもかけず、小泉首相はまた靖国神社を参拝した。これは憲法を守護すべき首相が先頭に立
って憲法を破るものであり、法治主義に対する深刻な挑戦行為だといえる。さらにアジアを蔑視して日本中心の覇権をねら
っていた過去の軍国主義を復活させる宣言であり、「終戦60年」を「軍国元年」に引き戻そうとする歴史の反動以外の何者
でもない。

 小泉首相の靖国神社参拝は平和な共生のアジアを願っている周辺国の反発のみならず、日本内の国民感情にも大きな葛藤
と分裂を起こすだろう。小泉首相の「大日本帝国の暗い過去に対する復古」は結局、「民主主義の未来に対する自滅」の道
になるであろうことを警告する。小泉首相は速やかに靖国神社参拝について謝罪し、外交的修辞で反省と和解の言葉を繰り
返すのではなく、実践としてこれらを立証するべきである。

 2005年10月17日

民族問題研究所
太平洋戦争被害者補償推進協議会
********************
在韓軍人軍属裁判を支援する会 古川 雅基
メール:gun2@r9.dion.ne.jp
ホームページ:http://www.gun-gun.jp
********************

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 高田健@市民連絡会です。
 昨日の声明です。長文、重複送信をお許しください。
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 小泉首相の靖国神社参拝強行に抗議する声明

 本日(10月17日)午前、小泉首相は靖国神社に参拝しました。これは国内外の多くの人びとの反対の声を無視し、日本国
憲法の精神に反して行われたものであり、私たちは絶対に容認できません。

 驚くべきことに、わずか半月前の9月30日、大阪高等裁判所が小泉首相の靖国参拝を「憲法20条違反」とした違憲判決を
下したばかりのことです。昨年4月の福岡地裁判決に続く、この大阪高裁の明確な判断に際して、小泉首相は「憲法違反で
ないという判決も過去にでているし、裁判所の判断はわかれている」「(私は)憲法違反だとは思っていない」などと弁明
しましたが、これは全く事実に反しています。小泉首相の靖国参拝をめぐる違憲訴訟では、過去に憲法判断に踏み込まなか
った判決はありましたが、首相の靖国参拝が憲法違反ではないとした合憲判決は1件もないことは周知の事実です。
 首相には憲法99条でさだめられた憲法尊重擁護義務があります。これを無視して、欺瞞的な言辞を弄して確信犯的に靖国
参拝を強行した小泉首相は首相として完全に失格であり、ただちにその職を辞任すべきです。

 いうまでもなく、靖国神社は日本近代史における侵略戦争の精神的な支柱であり、国家の遂行する戦争政策に積極的に奉
仕してきたものであり、戦後はA級戦犯を合祀するなど、軍国主義的勢力の復活を先導する危険な役割を果たしてきました。
就任以来5回目となる小泉首相の今回の靖国参拝は、いまわが国支配層がすすめる憲法改悪=「戦争のできる国づくり」の
動きと軌を一にするものとしか考えられません。

 戦争に反対し、憲法9条の改悪に反対する私たちは、本日強行された小泉首相の靖国参拝にこころからの怒りを込めて抗
議し、本日を機に、アジアと日本の平和を願う人々といっそう固く連帯して、憲法九条改悪反対の運動をさらに大きく発展
させるため力を尽くすことを強く決意します。

2005年10月17日
許すな!憲法改悪・市民連絡会
東京都千代田区三崎町20-21-6-301
TEL03-3221-4668
FAX03-3221-2558
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
許すな!憲法改悪・市民連絡会
http://www4.vc-net.ne.jp/~kenpou/
WORLD PEACE NOW
http://www.worldpeacenow.jp/
九条の会
http://www.9-jo.jp/
憲法調査会市民監視センター
http://members.jcom.home.ne.jp/web-kenpou/

高田健 許すな!憲法改悪・市民連絡会
TEL03−3221−4668 FAX03−3221−2558
東京都千代田区三崎町2−21ー6ー302
kenpou@vc-net.ne.jp

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 首相在職5度目となる靖国参拝に抗議する
 小泉は靖国信仰を捨てよ!

 10月17日午前、日本国首相・小泉純一郎は在職5度目となる靖国神社参拝を強行した。私たちはこれを断じて許さず厳重
に抗議する。

・小泉は靖国神社に参拝して「二度と戦争をしないという決意を表明した」と言う。まったく言葉に対する真摯さのかけら
もない。どのような思考回路を持てば靖国神社で「不戦の誓い」を立てることができるのか。人を謀るのもいい加減にして
欲しい。戦争動員をその創立の目的とし、以来130年あまりで数千万におよぶアジア人の殺戮に手を貸したのは靖国神社で
はないのか。人殺しに仕立てられた挙句、飢え死にさせられ病死させられた246万の兵士の被害を「散華」と言いくるめて
忘却させてきたのは靖国神社ではないのか。死人に口なしをよいことに、彼らの死を脅迫材料にして、いまなお公務のため
に死ぬことを称揚しているのは靖国神社ではないのか。靖国神社こそは被害を犠牲と言い換えることで、加害者を当然負う
べき責任から遁走させているのではないのか。

・参戦国政府の責任者が戦争動員神社に参拝し続けている事実を私たちは軽く見ることができない。彼は先ほどの発言に続
いて、「今日の平和は生きている人だけで成り立っているものではない。心ならずも戦場に赴いて命を失った方々の尊い犠
牲の上に成り立っている。戦没者に感謝の気持ちを伝えることは意義あることだ」と言い放っている。「心ならずも」とは
お前が言ってよい言葉ではない。一銭五厘の赤紙で徴発し人殺しを命じたのは日本政府だ。そして小泉、今現在お前はその
責任者だ。「対テロ戦争」の片棒を担いで自衛隊をイラクに派遣しているのはお前だ。自衛隊員にも「心ならずもイラクに
赴いて」と言うつもりか。

・米軍と一体となってイラク人を占領させた外交官の死に際して「遺志を継ぐ」と涙しながら、旅行者としてイラクを訪れ
た香田証生君を冷淡に見殺しにした男が靖国に参拝していることを私たちは見るべきである。そのような男が参戦政策の下
で公務に殉じることを称揚している。詭弁を弄してきた小泉のことだ、誰が死のうが殺そうが「不戦の誓いをしているんで
すから戦争ではないんです」とでも言うつもりなのだ。

・マスコミ各社は、彼の靖国参拝が日本のアジア外交に及ぼす影響を「憂慮」して見せることでまたもや靖国問題を歪曲し
て伝え続けている。今年の8月15日に靖国神社への抗議の意思表明をして機動隊によって拉致され監禁された人々を、彼ら
が過激派、極左と切り捨てたのは偶然ではない。この問題をナショナリズムの不毛な対立に落としこむことに余念がないの
だ。だから私たちは声を大にして言わなければならない。靖国参拝が問題なのは中国や韓国など近隣諸国の反発を招くから
ではない。靖国神社とそこに参ずる者たちが、自らを安全地帯に置きながら他人が人殺しとなることを賛美し、あげくの果
てには無残に殺されることを神妙な面持ちで称揚するからだ。そのような心根をあからさまにして恥じない卑小さに私たち
は耐えることができない。

 卑劣漢・小泉純一郎とその同調者たちはただちに靖国信仰を捨てよ。靖国神社は自ら崩れ落ちろ。これは同時代を生きる
人間として私たちが送るささやかな助言である。

 2005年10月17日
 靖国解体企画 東京都連/長野県有志/京都府有志

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【声明】小泉純一郎の靖国神社「例大祭」参拝に抗議する

 2005年10月17日
 海外派兵をやめろ!戦争抵抗者の会(有志)

 今日、10月17日、日本国の首相である小泉純一郎が東京・九段の靖国神社を参拝した。「公邸を出た首相は午前10時過
ぎ、公用車で同神社に到着。一般参拝客と同じ拝殿に進み、一礼して階段を上った後、スーツのポケットから取り出したさ
い銭を投げ入れ、約30秒間、深々と頭を下げた。最後に再び一礼した首相は、記者団の問いかけには答えず、そのまま同神
社を後にした。これまで参拝していた本殿には向かわず、「内閣総理大臣 小泉純一郎」の記帳や献花料の提供もなかった」
(『毎日新聞』2005年10月17日)。

 本日の参拝は、靖国神社の秋季例大祭の初日に合わせてのものである。この秋季例大祭は、その日付こそ終戦時にGHQ
の指摘を受けて変更したものの、日露戦争における、海軍の凱旋観艦式を記念してのものであり、すなわち朝鮮半島・中国
北東部における領土的野心にもとづく戦争の勝利を言祝ぐ祭礼にほかならない。そのような日取りを敢て選択しての参拝が、
「平和を願う一国民として参拝した。近隣諸国は大事な関係なので、未来志向で努力したい」(17日昼の政府与党連絡会議
における小泉発言)という小泉自身のメッセージの字義としてさえ受け取られようもないことは明白である。あるいはその
「未来志向」とは、過去の日本帝国主義がもたらした戦争の加害とその責任について、いっさい頬被りをするのだという宣
言として受け取れと言うことなのか?

 私たちはこのような小泉純一郎の靖国神社参拝を許さない。そして私たちはそのような人物が、私たちを代表するかのよ
うに振る舞い続けることを許さない。小泉はその職を直ちに辞することによって、参拝という日本の戦争行為による被害者
達への誤ったメッセージを撤回せよ。

 そしてそのような小泉の参拝のありようは、現在イラクを始めとした世界各地に、アメリカに協調する形で軍隊を送り続
けてきている日本にとって、その派兵の意図を過去の侵略的政策の延長上に据えるものとして捉えられても仕方がないだろ
う。地域社会の不安定要因としての日本・小泉政権の振る舞いには、その「盟友」たるアメリカからも6カ国協議への影響
などの形で懸念が表明されている始末だ。にも関わらず、今朝以来、そうそうたる政府・与党関係者らが、参拝した当人と
肩をならべて開き直っている。「首相がかねがね申しているように適切に判断して参拝されたと考えている」(細田博之官
房長官)、「戦没者に哀悼の意を表するのは当たり前の行為だ/われわれはどの国に対しても、憲法や法律に基づいて(戦
没者の追悼が)執り行われていることに『けしからん』と申し上げたことはない」(武部勤・自民党幹事長)、「国のため
に殉じた方々に尊崇の念を表するのはリーダーとして当然の責務だ。誰が首相になったとしても、その責務は果たすべきだ
と思っている」(安倍晋三・自民党幹事長代理)、「平和を祈念する個人的信条に基づくものと理解する」(北城恪太郎・
経済同友会代表幹事)。

 私たちは彼らの列には並ばない。今本格的に世界へと軍隊を送り出そうという諸法律の整備、現実の派兵の動きと軌を一
つにして求められ続けている、戦死者の国家的な表彰・慰撫をもくろむ、靖国神社を筆頭にしたあらゆる慰霊・追悼のシス
テムを廃絶する闘いを作りだして行くだろう。

 国家に殉じるものを手厚く表彰・慰撫しようという動きの一方で、国益に回収されない者たちについては見殺しさえ厭わ
ない小泉政権の姿勢は、今からおよそ1年前の香田証生君虐殺にいたる彼らの対応のなかに、私たちはハッキリと見てとる
ことができた。小泉の参拝は、国益に準ずる者への表彰・慰撫であると同時に、そこからこぼれ落ちた者たちの生きる権利
を貶めるものとしてある。また、本年の8月15日、靖国神社における慰霊・追悼儀式に抗議すべく立ち上がった私たちの仲
間は、警視庁公安・機動隊による理不尽な制止と暴行にさらせれ、うち4人が逮捕・勾留された。戦争動員を維持し続ける
ための宗教施設は、それ自体が凶々しい暴力によって支えられている。私たちはこのこともあらためて確認しておこう。

 小泉の靖国参拝糾弾! 小泉は職を辞して、その責を取れ! 政府は直ちに兵を退け!

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 反戦反天皇制労働者ネットワークの吉田です。

 昨日夕方、参戦と天皇制に反対する連続行動が呼びかけた緊急の小泉首相の靖国神社参拝抗議行動を自民党大阪府連にお
こないました。

 自民党大阪府連は入居ビルにドアーを閉めさせ、ガードマンを配置し、大阪府警を動員して見張らせ、私たちをシャット
アウトしました。結集した私たちは自民党前で抗議の集会をおこないました。朝、靖国神社で抗議行動をおこなった関西共
同行動の仲間からその報告がおこなわれ、闘いの強化を確認しました。

 以下は、抗議文です。

                           2005年10月17日

 内閣総理大臣  小泉純一郎 様
 自由民主党総裁 小泉純一郎 様

           参戦と天皇制に反対する連続行動
            大阪市淀川区十三東3−16−12
            Tel/Fax  06 (6303) 0449

     小泉首相の靖国神社参拝を抗議する

 小泉首相は本日午前10時すぎ、靖国神社に参拝した。首相としての参拝は、5年連続5回目で、中国や韓国、朝鮮民主
主義人民共和国、アジア諸国の、そして私たち日本の民衆の度重なる抗議と、先日の大阪高裁の違憲判決を嘲笑する、きわ
めて挑戦的かつ挑発的なものであった。私たちは小泉首相のこの挑戦的かつ挑発的な態度を日本人民の名において断じて許
すことができない。

 首相はなぜ、ここまで挑戦的かつ挑発的なのか。

 確かに首相は8月15日、「我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対
して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ち
を表明する」との戦後60年にあたっての談話を発表した。しかし、中国や韓国、朝鮮、アジアの人びと、そして私たちは
誰ひとり、この文言を字句通り受け取ったものはいない。それどころか、この談話自身が首相の靖国神社、つまり戦争神社、
侵略神社への参拝を免罪するペテンであると、激しい怒りをもったのである。戦争神社、侵略神社に参拝し戦争犯罪人に
「まことを捧げる」首相が、「植民地支配と侵略に……痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明」するなどは、ペテン
を通り越して侮辱以外のなにものでもない。だから、中国は皮肉を込めて「行動で示せ」と首相に突きつけたのである。

 小泉首相はこのことをよく分かっている。それどころか、中国や韓国、朝鮮、アジアの諸国が侮辱を受けても日本を決定
的に揺るがすなどできはしないと、高をくくっている。いや、あえて侮辱することがアジアの盟主・日本として重要なのだ
と誇示しているのだ。それは、アメリカと同盟してアジアに君臨することを、中国や韓国、朝鮮、アジア諸国に力ずくで認
めさせるためである。アフガニスタン戦争の参戦で本格的な戦争国家に踏み出し、第2次朝鮮戦争と対中国戦争を射程に入
れた日米軍事態勢を着々とうち固めている帝国主義国・日本にとって不可欠なことだと考えているからだ。ほんとうに戦争
に突入すればこの程度の「摩擦」ですまないと、戦争の準備として靖国神社参拝を行っているのである。

 そして、こうした首相の靖国神社参拝の既成事実の積み重ねは、天皇の靖国神社参拝の道を開き、新たな戦争神社、侵略
神社としての確立をも狙っている。それは、先日明らかにした自民党の新憲法草案の前文原案などに正直に示されている。
そこでは、「日本国民は大日本帝国憲法及び日本国憲法の果たした歴史的意味を深く認識し」と大日本帝国憲法の継承を宣
言し、戦後民主主義の一切を否定した。改憲第1次案では「社会的儀礼の範囲内にある場合……(国の)宗教教育その他の
宗教的活動を」認めるとして天皇の祭祀権と国家神道の復活をもくろんでいる。新たな戦争神社、侵略神社の確立がこれか
らの戦争拡大には不可欠と考えているのである。

 首相の靖国神社参拝は、戦争を推し進め、新たな戦争と国家を担う元首としての天皇の確立をはかる、日本とアジア・世
界の民衆に対する大きな攻撃であり、戦争犯罪である。

 アジア2000万もの人びとの殺戮に加担させられた私たち日本の民衆は、自らの戦争責任を自覚し、自らの解放とアジ
ア諸国民衆と連帯を希求するがゆえに、首相の靖国神社参拝を断じて許すことができない。ここに、小泉首相、小泉内閣、
小泉自民党の靖国神社参拝をはじめとするあらゆる戦争策動に、改めて怒りをもって抗議・弾劾し、小泉首相、小泉内閣、
小泉自民党打倒の闘いをいっそう強めることを宣言する。



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http://pr.mail.yahoo.co.jp/pinkribbon/

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(転送大歓迎)
皆さま

 ピースポートの川崎哲です。
 小泉首相の靖国神社参拝に抗議する「東アジア市民共同声明」への賛同を、皆さまに広く呼びかけます。
 文面は以下の通りです。
 ピースボートが中心となり、GPPAC(武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ)などのネットワークを活
 現在、日本、韓国、中国そのほか東アジアの多くの市民団体、NGOなどに賛同を呼びかけています。
 東アジアの市民が、この問題に関して共通の認識をもち、共通の平和を希求していく方向性を世界に示すことが重要です。

 なるべく早く、なるべく多くの賛同をお願いします。

■第一次締め切り■ 10月19日 午後8時
■賛同の集約・連絡先■
  ピースボート (担当:川崎哲、渡辺里香)
  TEL: 03-3363-7561
  FAX: 03-3363-7562
  gppac@peaceboat.gr.jp
  169-0075 東京都新宿区高田馬場3-14-3 八達ビル2階
  賛同のご連絡は、なるべくFAXないしはメールにてお願いします。

■団体・個人■
  なるべく多くの団体名を集めたいと思います。
  賛同できる団体名(できれば英語名も添えて)を上記連絡先までお送り下さい。
  個人の場合は、「個人名(所属団体名)」ないしは「個人名」の形でお送り下さい
(やはり英語表記があると助かります)。

■発表■
 第一次締め切りの10月19日午後8時までに集まったものを、マスコミに発表します。その後も引き続き募集します。
なるべく早いご賛同表明をお願いします。

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 東アジア市民共同声明
 小泉純一郎・日本国首相の靖国神社参拝に抗議します


 今回の小泉純一郎・日本国首相の靖国神社への参拝は、東アジア地域の平和と安全保障を脅かす暴挙であり、過去の歴史
を乗り越え、東アジアの歴史共同像を建設し、信頼と協力関係の上に築かれるアジア隣国との安定した外交関係を妨げる行
為です。私たちは、今回の小泉純一郎・日本国首相の靖国参拝に抗議すると共に、一日も早いその撤回を要求いたします。

 そもそも、日本は植民地支配と太平洋戦争を通じ、アジアの人々に多大なる被害をもたらしました。その後、奇跡的な復
興を成し遂げ、世界第二の経済大国となりましたが、未だにアジアにおける責任と役割を果たしたとは言えません。

 それどころか、戦後60年という節目に、現在の小泉政権の下では、憲法調査会「最終報告書」の発表を契機とし、日本
国内での憲法改正のための準備をはじめると共に、侵略の歴史を美化し、歴史を歪曲しようとする歴史教科書の採択、イラ
ク自衛隊駐留の延期、など、アジアの人々への信頼を失墜させる法案ばかりを後押ししています。

 私たちは、東アジアの市民が、「国家レベル」、そして「市民レベル」で本当の意味で信頼関係を回復し、この地域の相
互理解、平和と安定のために協力して築く関係こそ、将来の東アジアにおける紛争、緊張のない平和な地域を作り上げるこ
とにつながると考えます。

 今回の小泉首相による靖国神社公式参拝は、これとは反対に、東アジアの平和構築を大きく妨げるものだと考えます。一
刻も早く、日本が度重なる公式参拝を取りやめ、アジア各国に対して責任ある態度を示すことを望みます。

2005年10月18日

賛同団体(2005年10月18日現在):

(日本)
ピースボート
許すな!!憲法改悪・市民連絡会
平和を実現するキリスト者ネット
キリスト者政治連盟
日本カトリック正義と平和協議会

(韓国)
平和を創る女性の会
アジアの平和と歴史教育連帯

(中国)
中日韓三国歴史副教材中国編纂委員会

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 今日の中国紙で「小泉五次拝鬼」「天怒人怨」という見出しがありました。
 中国紙は、有人宇宙船の帰還と、↓の巴金氏の死去を大きく伝え、ポチ小泉猪の靖国参拝を殊更小さく扱おうという方針
のようです。

ポチ小泉猪靖国参拝への抗議声明各種‐2  
投稿者: 原 良一  投稿日:10月19日(水)23時43分7秒
 昨日に引き続き、ポチ小泉猪の靖国参拝抗議声明です。

******(日韓ネットの小泉靖国参拝糾弾*********************************************

 【声明】小泉靖国参拝を糾弾する(2005運動)

 日韓ネット@渡辺です。    (転送・転載可/重複ご容赦)

 小泉の靖国参拝を私たちも怒りを込めて糾弾し、抗議します。
 私たち、「2005年運動」の声明を紹介します。

*********************************************************************

  【声明】小泉首相の靖国神社参拝を糾弾する!
                               2005.10.18

 朝鮮侵略100年、朝鮮解放・分断60年、日韓条約から40年を問う2005年運動
     (連絡先)日韓民衆連帯全国ネットワーク(03-5684-0194)
          新しい反安保行動をつくる実行委員会\(03-5275-5989)
          許すな!憲法改悪・市民連絡会(03-3221-4668)
          基地はいらない!女たちの全国ネット(03-5670-4837)
          VAWW-NET ジャパン(03-3818-6492)
          在日韓国民主統一連合(03-3862-6881)
*********************************************************************

 10月17日午前、小泉首相は再び靖国神社の参拝を強行した。

 広範なアジア諸国民衆と日本の多くの人々が反対し、9月の大阪高裁判決でも違憲判断が出されたばかりであった。今回
の靖国参拝はこれらの内外の声をも踏みにじって強行されたものである。

  私たちは、あらためて小泉首相の靖国神社参拝を厳しく糾弾し、強く抗議する。

 そもそも靖国神社とは、戦前においては陸軍省・海軍省の管理の下に置かれた紛れもない軍事的宗教施設であった。天皇
制日本帝国主義のアジア侵略・植民地支配を遂行するため、人々を戦争に駆り立て、その死者を国家が「英霊」として顕彰
する装置に他ならなかった。

 敗戦後、政教分離により一宗教法人となることで存続してきたが、一貫して日本のアジア侵略戦争を「自存自衛のための
戦い」「アジアの解放戦争」などと美化・正当化し続けてきた。A級戦犯合祀もこの脈絡の中で行なわれている。

 首相による靖国神社参拝とは、日本政府がこれらを追認することを示す以外の何ものでもない。今回、内外の批判と大阪
高裁判決を意識し、「私的参拝」色を押し出す姑息な演出がなされていたとはいえ、その本質はなんら変わるものではない。

 小泉首相の靖国神社参拝の強行は、この間推し進められている自衛隊の海外派兵、憲法改悪への急ピッチな動きと軌を一
にしている。日本が再び「戦争のできる国」「戦争をする国」の道をひた走っている今、新たな「英霊」を顕彰することが
必要となっているからにほかならない。私たちは、このような動きを絶対に許すわけにはいかない。

 日本の侵略戦争によって、アジア太平洋の人々に多大な被害を与え、さらには、多くの日本人も死に至らしめた。これら
の人々の死を「無駄にしない」ためには、歴史に真摯に向き合い、その責任を明確にし、被害者への謝罪と償いを行なって、
二度と過ちを繰り返さない和解と平和のための諸施策が行なわれる必要がある。

 小泉政権が推し進めているイラクなどへの自衛隊派兵、靖国神社参拝の強行、そして憲法改悪への動きは、まさにこれら
に逆行する危険な道である。

 私たちは、事実上の朝鮮植民地支配から100年、朝鮮半島の解放と分断から60年、日韓条約から40年という節目の今年、
100年にも及ぶ日本と朝鮮半島の不正常な関係に終止符を打ち、真の和解と平和・友好の関係を築くために奮闘するととも
に、小泉政権の「戦争国家」化政策に断固反対して闘うものである。

******(転 載 終 了)************************************************************

大阪高裁  
投稿者: Jay  投稿日:10月18日(火)23時59分22秒
靖国神社参拝の件は、その判決書において傍論に述べたもの。
靖国神社参拝の件は高裁裁判官の所感に過ぎない。
あの判決は政府側勝利の判決。
ただし、高裁判決が下ったからには無碍に無視するわけにはいかない。
小泉は三権分立の中において最大限の自己表現をしただけ。
これ、つまり参拝は国民の大多数が支持。
外国の批判も考慮するのは政権を担当する者の良識というものだろう。

大阪高裁判決の要旨(毎日新聞記事)  
投稿者: 社会主義者  投稿日:10月20日(木)00時30分41秒
(引用開始)
靖国参拝訴訟:大阪高裁判決(要旨)

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝をめぐる損害賠償訴訟で、30日の大阪高裁判決の要旨は次の通り。

 1 小泉純一郎首相の、01年8月13日、02年4月21日及び03年1月14日における靖国神社参拝(以下「本件
各参拝」)の職務行為性について

 本件各参拝について、公用車を使用し、内閣総理大臣秘書官を伴い、靖国神社において「内閣総理大臣 小泉純一郎」と
記帳したことなどの態様、本件各参拝が内閣総理大臣就任前の公約の実行としてなされたこと、本件各参拝前後の小泉首相
の発言内容は、本件各参拝が私的なものであると明言せず、公的な立場での参拝であることを否定していないこと、小泉首
相の発言及び談話、所感に表れた本件各参拝の主たる動機ないし目的は政治的なものであることなどを総合すると、本件各
参拝は、少なくとも行為の外形において、内閣総理大臣としての「職務を行うについて」なされたものと認めるのが相当で
ある。

 なお、内閣総理大臣も、個人としては信教の自由を有するが、内閣総理大臣という公職にある者としては、政教分離原則
違反の問題が論議されている中で、本件各参拝が私的行為であるか、公的行為であるかを公に明確にすべきであり、私的行
為であることをあえて明確にせず、あいまいな言動に終始する場合には、公的行為と認定する一つの事情とされてもやむを
えない。

 2 本件各参拝の違憲性について

 本件各参拝は、宗教団体である靖国神社の備える礼拝施設である靖国神社の本殿において、祭神に対し、拝礼することに
より、畏敬(いけい)崇拝の気持ちを表したものであって、客観的に見て極めて宗教的意義の深い行為というべきである。
また、本件各参拝は、内閣総理大臣の職務を行うについてなされた公的性格を有するものであり、小泉首相は、3度にわた
って参拝したうえ、1年に1度参拝を行う意志を表明するなどし、これを国内外の強い批判にもかかわらず実行し、継続し
ているように、参拝実施の意図は強固であった。以上は一般人においても容易に知りうるところであった。

 これにより、国は、靖国神社との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったものというべきであって、これが、一般
人に対して、国が靖国神社を特別に支援しており、他の宗教団体とは異なり特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教
への関心を呼び起こすものといわざるを得ず、その効果が特定の宗教に対する助長、促進になると認められ、これによって
もたらされる国と靖国神社とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものとい
うべきである。

 したがって、本件各参拝は、憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たると認められる。

 3 小泉首相による法的利益の侵害について

 (1)思想及び良心の自由について、憲法19条の規定は、公権力が特定の人の内心を強制的に告白させまたは推知しよ
うとすることや、内心の形成、変更に対する圧迫、干渉をも禁止するものと解される。

 また、信教の自由については、憲法20条1項により、人は、信教の自由の内容として、公権力による強制のみならず、
圧迫、干渉を受けない権利ないし利益をも有するものと解すべきである。

 そして、控訴人らが、思想及び良心の自由、信教の自由の内容として、戦没者をどのように回顧し祭祀(さいし)するか、
しないかに関して、公権力の圧迫、干渉を受けずに自ら決定し、これを行う権利ないし利益を有すると解する余地が全くな
いわけではない。

 (2)しかし、本件各参拝は、靖国神社に赴いて祭神に拝礼するというものである。また、本件各参拝の主な目的は、政
治家として、公約とした内閣総理大臣としての靖国神社への参拝を実現し、戦没者に反省と哀悼の意をささげることにある。
本件各参拝が、それらを超えて、控訴人らに対し、靖国神社への参拝を奨励したり、自らの行為を見習わせるなどの意図、
目的があったものとか、控訴人らに対し、靖国神社への信仰を奨励したり、その祭祀に賛同するよう求めるなどの働きかけ
等をしたものと認めることはできない。

 したがって、本件各参拝によって、控訴人らの思想及び良心の自由、信教の自由、さらにプライバシーの権利ないし人格
的自律権・自己決定権を根拠とする権利ないし利益について、強制はもちろん、圧迫、干渉がなされ、控訴人らが主張する
ような上記権利ないし利益が侵害されたものと認めることはできない。

 4 被控訴人らの責任について

 (1)小泉首相の責任

 本件各参拝により、控訴人らの権利ないし法的利益が侵害されたとはいえないこと、また、公権力の行使に当たる公務員
の職務行為に基づく損害については、公務員は、被害者に対し直接その責任を負わないことから、小泉首相の責任を認める
ことはできない。

 (2)国の責任

 本件各参拝は、内閣総理大臣としての「職務を行うについて」なされたものであり、憲法20条3項に違反する行為であ
るが、これにより控訴人らの権利ないし法的利益が侵害されたものとはいえないから、国の責任を認めることはできない。

 (3)靖国神社の責任

 本件各参拝により、控訴人らの権利ないし法的利益が侵害されたといえないから、本件各参拝にかかわった靖国神社の責
任を認めることはできない。

………………………………………………………………………………………………………

 ◇判決が言及した憲法条文

 19条

 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 20条

 (1)信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行
使してはならない。

 (3)国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

毎日新聞 2005年9月30日 東京夕刊
(引用終了)
 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20050930dde007040081000c.html

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>>大阪高裁  投稿者: Jay  投稿日:10月18日(火)23時59分22秒
> 靖国神社参拝の件は、その判決書において傍論に述べたもの。
靖国神社参拝の件は高裁裁判官の所感に過ぎない。
あの判決は政府側勝利の判決。<

 成る程。上記判決の内容は、平たく言えば「違憲性は認められるが、原告の権利が侵害されたとまでは言えない」故に
「原告側の賠償請求は認められなかった」という事か。確かに、被告たる靖国神社・国の原告に対する加害責任が認められ
なかったという点では、政府側の勝訴である。

 しかし、そうであるが故に逆に『原告側が「実質勝訴」とみて上告しなければ、請求は棄却されているため、国側が判決
理由を不服として上告することは事実上難しく、判決は確定することになる』という事でもあるらしい。つまり、国側は賠
償棄却の「実質勝訴」と引き換えに「靖国参拝の違憲性」を認めてしまったという事でもあるのだ(我々にとっては寧ろこ
ちらの方が「実質勝訴」なのだがw)。だから、小泉は今回「略式参拝」の形式に異様に拘ったのだ。そういう意味では、
なかなか凝った判決であるとも言える。
 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050930k0000e040028000c.html

靖国解体企画の声明  
投稿者: 社会主義者  投稿日:10月20日(木)00時32分7秒
(引用開始)
首相在職5度目となる靖国参拝に抗議する。
小泉は靖国信仰を捨てよ!

 10月17日午前、日本国首相・小泉純一郎は在職5度目となる靖国神社参拝を強行した。私たちはこれを断じて許さず厳重
に抗議する。

・小泉は靖国神社に参拝して「二度と戦争をしないという決意を表明した」と言う。まったく言葉に対する真摯さのかけら
もない。どのような思考回路を持てば靖国神社で「不戦の誓い」を立てることができるのか。人を謀るのもいい加減にして
欲しい。戦争動員をその創立の目的とし、以来130年あまりで数千万におよぶアジア人の殺戮に手を貸したのは靖国神社で
はないのか。人殺しに仕立てられた挙句、飢え死にさせられ病死させられた246万の兵士の被害を「散華」と言いくるめて
忘却させてきたのは靖国神社ではないのか。死人に口なしをよいことに、彼らの死を脅迫材料にして、いまなお公務のため
に死ぬことを称揚しているのは靖国神社ではないのか。靖国神社こそは被害を犠牲と言い換えることで、加害者を当然負う
べき責任から遁走させているのではないのか。


・参戦国政府の責任者が戦争動員神社に参拝し続けている事実を私たちは軽く見ることができない。彼は先ほどの発言に続
いて、「今日の平和は生きている人だけで成り立っているものではない。心ならずも戦場に赴いて命を失った方々の尊い犠
牲の上に成り立っている。戦没者に感謝の気持ちを伝えることは意義あることだ」と言い放っている。「心ならずも」とは
お前が言ってよい言葉ではない。一銭五厘の赤紙で徴発し人殺しを命じたのは日本政府だ。そして小泉、今現在お前はその
責任者だ。「対テロ戦争」の片棒を担いで自衛隊をイラクに派遣しているのはお前だ。自衛隊員にも「心ならずもイラクに
赴いて」と言うつもりか。


・米軍と一体となってイラク人を占領させた外交官の死に際して「遺志を継ぐ」と涙しながら、旅行者としてイラクを訪れ
た香田証生君を冷淡に見殺しにした男が靖国に参拝していることを私たちは見るべきである。そのような男が参戦政策の下
で公務に殉じることを称揚している。詭弁を弄してきた小泉のことだ、誰が死のうが殺そうが「不戦の誓いをしているんで
すから戦争ではないんです」とでも言うつもりなのだ。

・マスコミ各社は、彼の靖国参拝が日本のアジア外交に及ぼす影響を「憂慮」して見せることでまたもや靖国問題を歪曲し
て伝え続けている。今年の8月15日に靖国神社への抗議の意思表明をして機動隊によって拉致され監禁された人々を、彼ら
が過激派、極左と切り捨てたのは偶然ではない。この問題をナショナリズムの不毛な対立に落としこむことに余念がないの
だ。だから私たちは声を大にして言わなければならない。靖国参拝が問題なのは中国や韓国など近隣諸国の反発を招くから
ではない。靖国神社とそこに参ずる者たちが、自らを安全地帯に置きながら他人が人殺しとなることを賛美し、あげくの果
てには無残に殺されることを神妙な面持ちで称揚するからだ。
そのような心根をあからさまにして恥じない卑小さに私たち
は耐えることができない。

卑劣漢・小泉純一郎とその同調者たちはただちに靖国信仰を捨てよ。靖国神社は自ら崩れ落ちろ。これは同時代を生きる人
間として私たちが送るささやかな助言である。

2005年10月17日
靖国解体企画 東京都連/長野県有志/京都府有志/茨城県有志
(引用終了)
 http://advenbbs.net/bbs/yybbs.cgi?id=anti_gov

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 まあ、私が、公人の靖国参拝や靖国神社の存在自体に反対するのは、単に憲法20条の政教分離原則に違反しているから
でもなければ、中国や南北朝鮮が反対しているからでもない(勿論そういう反対理由も当然在りだとは思っているが)。靖
国神社の歴史観(靖国史観)・世界観・イデオロギー自体が私の立場とは全く相容れないからだ。

 「遊就館」なる付属の戦争賛美資料館の展示でも明らかな様に、靖国神社の「戦争・植民地支配美化」イデオロギーとい
うのは、「世界は所詮、弱肉強食」という立場からの、「日本も欧米帝国主義と同じ事をして何が悪い」という<居直り強
盗>の論理だろう。「朝鮮・中国・アジアは弱かったから大日本帝国に服するのは当然だった」という論理。

 そういう「弱肉強食」体制の中で、日本人は、アジア民衆は、一体どういう境遇を辿ったのか。日本兵の大半が「生きて
虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓を強要され、消耗品の様に扱われ、ガダルカナルやインパール戦線で餓死していったのだろ
うが。沖縄戦では一般軍人・軍属・住民は集団自決を強要され、また障害者やハンセン病患者は邪魔者扱いされ隔離・抹殺
されていったのだろうが。特攻の悲劇や広島・長崎・東京大空襲・治安維持法弾圧犠牲者・アジア民衆の被害については、
もう言うに及ばず。

 靖国神社の最大の問題点は、政教一致でもなければ、外交摩擦を惹起している事でもない。この19世紀的「弱肉強食」
価値観を21世紀の今日まで後生大事に固執している事で、その後の世界が曲がりなりにも追求・実現してきた「戦争違法
化」「世界の非植民地化」「人民主権・人権保障の徹底」などの歴史の進歩そのものに敵対している事こそが最大の問題な
のだ。
第1次・第2次大戦による多大な犠牲と引き換えに確立されてきた国連憲章・世界人権宣言・平和五原則・バンドン
十原則などの民主的価値観をことさら貶める事で(石原慎太郎・西村真悟・ルペンなどのファシスト・レイシストやブッシ
ュ・ボルトンなどのネオコンはその権化)、世界を再び「弱肉強食」の世の中に引き戻そうと、無駄な悪あがきをしている
のだ。正に復古反動の「靖国ゾンビ」の「ゾンビ」たる所以である。

 そしてこの国際版「弱肉強食」願望を下支えする国内版「銃後の守り」「期待される人間像」育成策が、「日の丸・君が
代卒業式」「つくる会教科書」の強制であり、「教育の機会均等・基礎学力の保障・戦後民主教育」否定の「排外主義エリ
ートの育成」であり、「労働諸法制改悪」「資本の為の規制緩和」「自己責任論」の氾濫であり、金持ち減税・大衆増税・
福祉切捨て・軍事突出の「構造改革・小さな政府」論であるのだ。

 新植民地主義支配や新自由主義グローバリゼーションによって「地球百人村」で揶揄されるような貧富の格差が存在し国
家間や国内の民主主義が損なわれているからこそ、その障害を除去して建前・理想をより現実のものにしていくのが、世の
在るべき姿ではないのか。それを逆に「第三世界はゴミ」「弱者は強者に支配されて当然」といって居直るのが靖国史観の
立場なのだ。こんな立場など到底認められないし、この21世紀のアジア・世界で通用する筈も無い。「反帝・反戦」−
「反グローバリゼーション・反差別・反リストラ」−「靖国解体!」


※原さんも当該声明を紹介してくれていたのですね。重複御免。私の想いをかなりの程度代弁してくれている声明文なので、
拙稿でも再度引用させてもらいます。

「民衆の戦争責任」とか  
投稿者: まこと@徒然板観察者  投稿日:10月20日(木)09時33分29秒
最近、深夜労働が増えて纏まった投稿をする時間が無いのですが・・・。

「天皇や東条英機などを非難するお前の父親は『大東亜戦争』に抵抗していたのか?」という「論理」で権力者層の戦争責
任の相対化・免罪化を試みるが如きリビジョニズム的議論には与しませんが、「民衆の戦争責任」という視点からの議論自
体は重要だと思います。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/taguchi.htm
http://homepage3.nifty.com/htaguchi/sub03/wadatumi.html

「民衆の戦争責任」。

朝鮮戦争に掃海艇を派遣し、ベトナム戦争でも在日米軍基地が「前線基地」として使用された日本国。
そして、イラクという「戦場」に「兵士」を送り込んでいる日本国。

この「国」に住む民衆にとっては、今日的課題でしょうね。

「靖国参拝は無意味な挑発」NYタイムズ社説・全訳(属国のビーチガール)  
投稿者: 社会主義者  投稿日:10月20日(木)23時58分8秒
※「属国のビーチガール」というサイトに、NYタイムスの靖国参拝問題に関する社説(日本語訳)がアップされていたの
で、此処でも紹介しておきます。

(引用開始)
ニューヨークタイムズ 10月18日 社説

 みずからを当世風の改革者として大々的に売り出した選挙を終えたばかりの小泉首相は、このほどさっそく、日本の軍国
主義がのこした最悪の伝統を公然と奉ずる挙に出た。昨日、全国ネットでテレビ中継されるなか、首相は東京の中心にある
追悼施設、靖国神社に参拝した。しかし、靖国神社はただ単に、250万人におよぶ日本の戦没者を追悼するだけの神社では
ない。靖国神社とその付属博物館は日本のひどい暴虐、つまり、20世紀はじめの数十年間の朝鮮全土と中国および東南アジ
アの広い地域に傷あとを残した野蛮で暴力的な侵略について、「日本は謝罪すべきできない」というひとつの見解を打ち出
し、それを広める役割を果たしている。今週始まる毎年恒例の祭事において、追悼され奉られる靖国の神々のなかには、裁
判で死刑判決が下され処刑された14人のA級戦犯が含まれている。

 今回の靖国神社参拝は、日本の戦争犯罪で犠牲になった人々の子孫に対する恣意的で公然たる侮辱であると、中国や台湾、
韓国、シンガポールの国家元首たちはあいついではっきりと抗議した。小泉首相も、自分がなにをやっているかはっきりと
承知している。これでこの4年間、首相は毎年、靖国神社を参拝したことになる。アジア諸国の外交官たちの度重なる抗議を
振り払い続け、今回は日本の裁判所の判断に逆らってまで、参拝を強行した。

 日本が帝国主義的な侵略の道に再び乗り出すと、現実の問題として心配している者はいない。しかし、アジアでもっとも
豊かで、もっとも経済力があり、技術力に優れた国家である日本は、過去60年間にわたって遵守してきた軍事と外交上の制
限のいくつかを撤廃しようとしているところだ。

 つまり、近隣諸国のあいだで悪夢の記憶がよみがえりつつある非常に悪い時期なのだ。また、中国が急激な経済発展をへ
て、日本にとって最も批判的な経済面のパートナーになり、同時に最大の地政学上の脅威にもなっている時代においてはと
りわけ、日本のこういうった挑発は不必要で、有害なもののようだ。

 小泉首相の靖国参拝は、自民党のかなりの部分をしめる右翼のナショナリストたちから賞賛された。しかし、小泉首相に
とって必要なのは、自民党右派を喜ばせることではなく、こういう右派勢力に立ち向かって、彼らを打ち負かすことなのだ。
ちょうど郵政民営化案に反対した勢力に立ち向かって、打ち負かすことに成功したように。

 日本が名誉ある国として21世紀に進んでいくためには、まず、20世紀の歴史を直視して、認めなくない事実を認めること
だ。日本はまさに今、そうしなければならない時期に来ている。
(引用終了)
 http://blog.goo.ne.jp/beach_girl/e/2a37531bb054d82418bca1011dbd5272

※尚、当該MYタイムス記事の原文は下記URLを参照の事。
  http://www.nytimes.com/glogin?URI=http://www.nytimes.com/2005/10/18/opinion/18tue3.html&OP=5b3fce63Q2FXeZQ25XQ6
012Q2F311Q7CRXRiirXQ24iXQ24Q5BX1kSQ3AS1Q3AXQ24Q5BQ7CpZ-wHQ7CjQ3E


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 上記の記事については、郵政民営化を引き合いに出して小泉に右傾化打破を期待しているくだりなどに少し引っかかるも
のがありますが(米国資本の利害を代弁?)、そういう細かい点を除けば、記事の内容については、私もその通りだと思い
ます。

元・自民党総裁の靖国神社廃止論  
投稿者: まこと@出先  投稿日:10月21日(金)08時03分36秒
戦後首相を歴任した石橋湛山が戦後直後に著した靖国神社廃止論↓です。

・石橋湛山「靖国神社廃止の議」(「東洋経済新報」1945年10月13日号)
http://www.asyura2.com/0505/asia1/msg/293.html

この「社論」、高橋哲哉氏の「靖国問題」(ちくま新書)でも紹介されていますね。
(もっとも、この頃の石橋は未だ政治家では無かったのですが。)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

(余談)

>魂なるものを説いて、政治を行おうという姿勢自体が気に要らない。自分の失政を「日本人のこころ」だの、「日本人の
魂」だので取り繕って、神聖な衣を装う。靖国を解体することは政治を近代化することでもある。(パルタック星人さん)

明治新政府が「政治の近代化」という衣を纏おうとしたから"こそ"、「靖国」が発現したとも言えるでしょうね。「日本人
の魂」にしても然り。

「近代国家」を称する「国」に住むわれわれは「物語」を必要としている・・・のだろうか?

「東アジア共同体」牽制策としての靖国参拝?  
投稿者: 社会主義者  投稿日:10月22日(土)00時46分30秒
 靖国問題について、「日本vs中国・韓国」以外の立場から解説しているサイトの論考を紹介しておきます。

・「靖国再論」(内田樹の研究室)
 (注:内田樹=「うちだ・たつる」と読みます)

>>>>>
以前にも書いたことをもう一度繰り返すが、日本国首相がA級戦犯が合祀されている靖国を公式参拝することについて、権
利上まっさきに異議を唱えるはずの国がある。
アメリカ合衆国である。
アメリカは直前の戦争で、「日本軍国主義」と戦い、硫黄島で29000人、沖縄戦で12000人の戦死者を出した。
アメリカ大統領は、太平洋戦争で日本軍に殺された数十万の米軍兵士たちの「英霊」への配慮から、「軍国主義の指導者」
が合祀されている神社への総理の参拝に強い抗議を申し入れてよいはずである。
「アメリカ人を殺した日本兵士たちを一国の首相がすすんで慰霊するということは、二度目の真珠湾攻撃のための心理的準
備を行うことに等しい」というような理屈をつけて。
だが、アメリカ大統領はそういう申し入れをしない。
私たちが注目すべきなのは、中国韓国から「クレームがつく」ことではなく、むしろアメリカから「クレームがつかない」
ことの方である。
(中略)
アメリカが首相の靖国参拝を座視する理由は論理的に考えればひとつしかない。
アメリカは小泉首相の公式参拝を彼らの東アジア戦略上「有利」なカードであると評価しているからである。
(中略)
彼らにとって60年以上前に太平洋で死んだ自国兵士の「英霊」たちはとりあえず副次的な問題でしかない。
喫緊の問題は「今後の」アメリカ合衆国の東アジアにおける政治的・軍事的プレザンスをどうやって確保するかである。
アメリカは東アジアにおける彼らの政治的プレザンスがしだいに「危機的」なものになりつつあることを感知している。
21世紀に入ってから、日中韓の三国の経済的・文化的リンケージは急速に(おそらくアメリカの予測を上回るスピード
で)深まった「日中韓東アジア共同体」ブロックの創成が具体的な政治日程にのぼってきた。
今年の12月には「東アジア共同体サミット」が開催され、ここで政治的な合意が果たされ、共同声明が発表された場合、
地域内での共同体をめざす世論は一気に加熱する。
それは南北朝鮮の統一や台湾の「プレイヤー」としての承認を含む劇的な東アジア秩序再編という「不可避の」トレンド
の水門が開くということを意味している。
アメリカがもっとも恐れているのは「そのこと」である。
<<<<<<
 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3949/

------------------------------------------------------
 確かに、靖国問題を単に「日本vs中国・韓国」のナショナリズム対立の問題だけで見ていたのでは、問題の本質は見え
てこないでしょう。この問題については私も、米国の東アジア戦略との関連で見ていく必要があると思います。

 米国の東アジア戦略と言うのは、「日中韓三国が戦争に至らない程度のフリクションを抱えたまま対立し、決してブロ
ック形成に至らない」範囲で、「三国間の緊張が高まればとりあえず鎮静を策し、友好関係が進展しかかると波風を立
て」、その中で自国の覇権や軍事的プレゼンスを維持していく−というスタンスを取っています。

 米国も日本も、東アジア(特に中国・韓国)や東南アジア(ASEAN諸国)の市場を欲しがっています。「東アジア
共同体」との繋がりを求めています。
 米国は、東アジアでは中国とは協調して北朝鮮問題にカタを付けて、中東での「反テロ戦争」に力を集中したがってい
ます。そして日本も、大枠では米国のポチを演じつつも、独自に「東アジア共同体」に足がかりを得たいと思っています
(日朝国交正常化交渉もこの延長線上にある)。

 しかしその一方で米国は、「東アジア共同体」が中国・ASEAN・インド主導で域外大国(日・米)からの自立志向
を強める事を警戒しています。米国にとっては、中国との協調もあくまで自国主導である事が大前提であり、その中で日
本が米国を出し抜いてのスタンドプレーをする事も許されないのです。

 小泉はそういう米国の意向を知っているから、敢えて「日中韓三国が戦争に至らない程度のフリクションを抱えたまま
対立し、決してブロック形成に至らない」ように、靖国参拝でワザと中国・韓国の間に波風を立てて、その中で日本の影
響力拡大を図っていこうとしているのではないか。そして米国も米国で、小泉に靖国参拝をさせる事によって中国やAS
EANを牽制しているのではないか(但しこれはあくまで米国の都合であって、若し仮に日本が米国の想定以上に暴走し
出す様なら、逆に日本を牽制する方向に動くだろう)。

 「変人」小泉のやる事は実際、正直言ってまだまだ訳の分からない事も多いので、上記の仮説もあくまで推測の域を出
ません。しかし、かなり的を得ている指摘だとは思います。

 どちらにしろ、こんな「ナショナリズム対立のマッチポンプ」に踊らされる愚だけはくれぐれも避けなければ。こんな
マッチポンプに踊らされた先にあるのは、「日本のイスラエル化」(注)だろうか?


※注:「日本のイスラエル化」について
 帝国主義の橋頭堡・出島として周辺のアラブ・第三世界と敵対・孤立しているイスラエルの現状を、右傾化が進む昨今
の日本に擬えた表現(勿論、日本と同様に彼の国にも、それに抗う進歩的世論や反戦運動が根強く存在するが)。この中
では日本民衆は、差し詰めパレスチナ入植地の右派シオニストや、アパルトヘイト崩壊前の南ア・ローデシアのアフリカ
ーンス系白人の様に、ひたすら社会の進歩に逆行する反動的価値観に囚われ続け、世界から孤立する事になる。

靖国問題での立場と見解  
投稿者: 原 良一  投稿日:10月22日(土)01時03分4秒
 コピペばかりでお茶を濁していましたが、そろそろ自分の文章で、靖国神社問題を書かないといけないと思っていたと
ころへ、救う会や難民基金のリアルの活動でも、縁のあるバクテリアコロシアムと、その常連でこちらにも投稿暦のある
NY女史から問い合わせをいただいたので、それへの回答に加筆した拙論を蒼星板に上げたので、こちらにも上げます。

・バクテリアコロシアムへの関連投稿
http://otd7.jbbs.livedoor.jp/773267/bbs_reply?reply=11305

・「護金派の巣窟」親北板AMLへの投稿も参考に
No.4020「他国に押し入り、一般国民に危害を加えた犯罪組織の〜」
http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-October/003789.html
No.4145「凡君昭和天皇と悪魔金正日を同一視する愚(呆)」
http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-October/003906.html

****(拉致問題の解決を妨げるポチ小泉猪の靖国参拝反対!)******************
****(生きてる拉致被害者より、英霊参拝優先のポチ小泉猪打倒!)************
****(靖国神社問題での私の見解)*****************************************


 私は、本来北朝鮮問題が専門で、靖国神社に関しては基本的には、素人に毛が生えた程度の知識しかありません。しか
し、あるきっかけから、2000年頃から靖国に感心を持ち始め、具体的な行動や雑誌への投稿も行っています。

 幸運にも、私の家系に、靖国神社のお世話になっている者はいません。それでも、伯父たちの中に、長期の応召の課程
で結核に罹患し、戦後も応召期間に匹敵する長期の闘病を強いられ、その後も病弱な人生を送らされたり、特攻崩れとし
て身を持ち崩し、夭逝したりと、かつての「大東亜戦争」は、私の父祖にも多くの暗い影を落としています。あの戦争を
含む、過去の日本への評価と、そこから汲み取るべき教訓を活かすことが、活動への動機でした。

 特に今年になって、特攻隊の遺族であるぴろん様と出会えたことも、非常に大きな転機でした。漠然とイメージし、想
像していた靖国神社支持派のご遺族が、実際に目の前に現れて、議論までさせてもらっているわけで、この問題が、より、
いやはるかに身近になり、真剣に考えるようになりました。

ぴろん女史の特攻で散華した大叔父と靖国神社に関する記述
http://piron326.seesaa.net/category/539011.html


 靖国神社への賛否

 真正ではない、まがいのサヨクとして、私の靖国神社に対する姿勢は、いささかに複雑で世間には難解なものがありま
す。

 例えて言うと、郵政民営化そのものには賛成だけど、ポチ小泉猪が出してきた現行の民営化法案には反対で、議決で反
対票を投じた城内実前衆議院議員をイメージしていただければ、一番近いと思います。同氏は、民営化そのものには賛成
でありながら、現行法案に反対したため、ポチ小泉猪やそれを支持する世論からは、抵抗勢力と敵視され、失脚の憂き目
に遭いました。

 私の場合、思考の末に、現在は靖国神社の存在と存続自体には賛成、しかし、靖国神社の現状には極めて批判的
(靖国神社の批判的支持派)、それを変えさせるためにも、ポチ小泉猪の靖国惨拝は絶対反対、
と左右(多くの左
翼の最終目的は、靖国の廃止・解体であり、多くの右翼も一切の靖国神社の変革の拒否、できれば戦前回帰が目的のはず
なので)どちらからも批判され、受け入れられない見解に立っています。また、救う会の活動の視点からは、特にポチ小
泉猪の惨拝は、拉致問題解決の重大な障害として、特に強く批判しています。

 具体的に私の見解を列挙すると、

1)靖国神社には、近代化のため国内統一戦争(戊辰・西南戦争)、明治維新後の帝国主義的膨張・侵略、他の列強との帝
国主義的対立による対外戦争の全てを正当化し、否定的側面や加害の責任の一切を認めない偏狭な「教義」を持ち、旧大日
本帝国の侵略や植民地支配の被害を受けた中国、南北朝鮮の「旧日帝被害者連合三国」、帝国主義という資本主義の暴力主
義的発展段階の下で、多くの辛酸を嘗めさせられた左翼、サヨク国内諸勢力によって、淫祠邪教、破壊的カルトの聖地と
見做され、厳しい憎悪と不信に曝されている。


 しかしその一方で、靖国神社は、戦没者を親族に持つ多くの国民にとって、亡き親族や父祖に出会う癒しの場であり、
心の安らぎと平穏を得ている
のも疑いのない事実である。東大教授高橋哲哉氏は著書「靖国問題」(ちくま新書)で、こ
れに強い悪意と嫌悪を込めて「感情の錬金術」と名付けているが、癒しや安らぎを得ている国民の多くが死者への追悼と
共に平和の継続を希求し、好戦的な気分になっているわけではないとの心証を得ているので、この表現は不適切と判断する。

2)日本が、将来も主権国家として存続していく限りは、国難に殉じ、また正邪を問わず国家の意志・命令に従い死んだ・
殺された人々を、追悼し、顕彰する施設自体は、将来に渡って必要である。守旧左翼主流の追悼施設否定論には立たない。

3)日本の場合、1の事情を鑑みて、明治維新以降の近代統一国家建設の経緯からいっても、追悼・顕彰施設は、靖国神社、
少なくとも現在の靖国の地において他にないという、明確な代替施設否定論に立つ。

 現状のままでは、他に代替施設を作っても、
a.英霊に不本意な引越しを強要することで、国内に民族主義的な不満を高める。
b.施設作って魂移らずの、建屋だけで魂がガランドウの「中国神社」が出現する。
c.代替施設を作っても、靖国への惨拝も続けられれば政治的対立は解消しない。
 有効に機能せず、半ば形骸化している千鳥が淵墓苑をもう一個作るだけの「屋上、屋上屋を架す、公金の浪費」化、のい
ずれにしかならず、問題は解決し得ない。

4)多くの問題を抱えるその靖国神社を、日本の追悼・顕彰施設として、国際的に認知させて理解を得、ご親拝が憂いなく
復活し、内外の首相や元首が参拝できるようにし、隣接する中韓朝旧日帝被害三国にも、不承不承ででもその存在と行事を
受容・黙認させるためには、靖国神社の抜本的な改革、いうならば維持・存続するための「時代の変化への適応」が
必要というより、不可避である。


 具体的施策としては、
d.A級戦犯の合祀名簿からの削除
 先の戦争の責任を誰かに取らせる。誰にも責任を問わない、負わせない、加害責任を認めないための靖国の現状の否定。
e.合祀基準の透明化
 現在の非通知を改めて、原則すべての遺族に合祀の事実を通知する(遺族より靖国の事情が優先という体質の改善と、戦
死していないのに合祀されていたような失敬な事態の回避も目的とする)。合祀基準を公表し、合祀や合祀取り下げを求め
る遺族の要求には幅広く応じて、真に祀られることを望む相思相愛の人々が安んじて集える「身の丈に合った小靖国主義」
の精神を導入する。
 それによる合祀をめぐる不毛な対立の終息による平穏化は、合祀取り下げによる合祀者数の減少のデメリットを補って余
りあると考える。
f.追悼施設としての性格の強化
 追悼対象を、軍民、敵味方を問わず、すべての戦災死者に拡大するなどして、戊辰戦争、西南戦争の戦死者、空襲など民
間の戦災死者の合祀を認める。同一の戦闘で死にながら、軍籍が無いため合祀されないといった種類の不合理を排する。追
悼実態のない靖国神社内の「鎮魂社」に魂を入れ、活性化させる。
g.靖国神社の多宗教化
 実現不可能な無宗教化ではなく、神道以外の他宗教による追悼を認める「多宗教化」を図る(問題の根本的な解決には、
憲法20条の改定が必要であり、まだ具体的な構想が思いつかないが)。

5)現状のポチ小泉猪方式の靖国神社惨拝は、4の目的に完全に反し、惨拝と表記すべき今回の参拝形式に象徴されるよう
に、靖国神社の形骸化にもさらに拍車をかけ、追悼の実も上がらないので絶対に反対である。

6)靖国神社の改革=時代の変化への適応を促す、事実上強要するには、周囲の圧力が必要であり、実際に正当、不当を問
わず強い圧力がかかっていて、靖国神社の形骸化(天皇のご親拝が適わない、有力国の指導者、元首クラスが参拝してくれ
ない。中曽根首相以来の非礼な「惨拝」が続くなど)は好ましくない形で進んでいる。

「廃止・解体が目的ではない」という自身の意図(サヨクではあっても、私はこの立場)を繰り返し説明しながらも、「角
を矯めて牛を殺さない」=回復不可能なダメージにならない範囲で靖国神社の現状の矛盾と問題点に関しては、忌憚のない、
仮借ない批判を続ける必要がある。無批判に心酔・支持・盲従することは、却って靖国神社の維持・存続を危うくさせる。
守旧派左翼の北朝鮮崇拝・拝跪の失敗を他山の石とすべきである。


 靖国神社の一切を変えない、戦前回帰を目指しているとしか見えない、右翼・保守派の姿勢は、護憲、誤憲、ゴケン、
ゴケンと繰り返して、平和憲法を現実と乖離させ、死文化、形骸化させた守旧派左翼とこれまた瓜二つという印象
が強い。


 存亡の危機に直面しないと、改革への気運が生まれないという人間界の常として、靖国神社にもなお圧力が必要と判断し
ているので、私自身の靖国批判は緩める気はないし、その程度で基盤が揺らぐほど、靖国神社も脆弱ではないと考える。

7)靖国神社をめぐる軋轢は、実は日本の戦後処理の不備に起因する部分が多く、失政のツケが、靖国神社に回されている
というとばっちり的な受難にさらされるという不合理があるのは事実である。

 たとえ、国交交渉時の国家間の合意で、金銭的賠償をしないと決めていたとしても、戦時動員した人々の安否確認や死亡
通知(合祀に関する不満は、これへの不備に起因している要素が大きい)、遺骨の返還、死亡に到る真相解明などできるこ
と、やるべきことはまだあると考える。

8)救う会の会員と限定して見ても、ポチ小泉猪の靖国惨拝とそれへの固執は、
h.ポチ小泉猪と中韓両首脳との意思疎通自体の断絶化、不可能化。
i.被害者感情、対日ルサンチマン感情の煽動による旧日帝被害三国の結束強化をもたらし、
 援朝邪悪連合(Coalition of Evil)への転化の促進材料として機能する。
j.現在の靖国の主張は、米帝主導の戦後秩序とその正当性をも否定する要素が含まれるので、
 最終的には日米関係をも悪化させる。少なくとも、米帝にはi.の事態を止めるべく
 旧被害国を説得する大義名分が得られず、6者協議での立場を極めて困難にさせる。
などで、拉致問題解決の大きな障害となっている。

 靖国惨拝後のポチ小泉猪の「長期的には、中韓も理解してくれる」との妄言は、
「その間に、横田ご夫妻らは死んでしまっても、めぐみちゃんが異国の地で死んでしまい、ヘギョンちゃんら子孫が日本に
帰れず、日本人としての民族性が完全に殺されてもかまわん」
「私小泉純一郎にとって、靖国参拝がすべてに最優先。拉致問題の解決など知ったことか」
と言っているのも同然であり、
「生きている拉致被害者の救出よりも、英霊への参拝が優先」という姿勢であり断じて許されない。
「拉致問題の解決を妨げるポチ小泉猪の靖国参拝反対!」
「生きてる拉致被害者より、英霊参拝優先のポチ小泉猪打倒!」

9)少なくとも短期的には、拉致問題の解決と日本の首相の靖国参拝は、両立し得ない二律背反の関係にある。人権問題を
前面に出しての、多国間の北朝鮮包囲網の形成と、人権侵害を含む周辺国への加害責任を認めない淫祠邪教、破壊的カルト
の聖地と周辺国に見做されている、現状の靖国神社が掲げる価値観、歴史認識への支持の表明となる首相の参拝の両者にも、
根本的な対立関係がある。

 私に問いかけをしたNY様だけでなく、実務面レベルでも拉致問題の解決に取り組み、腐心する右翼・保守派の皆様は、
いずれはこの矛盾に直面させられ、究極にして苦渋の選択、拉致被害者救出のための国際協調の優先・促進のために、靖国
的な価値観、歴史認識の放棄・少なくとも適応レベルでの転換を迫られ、受け入れる。希望的観測を込めて、私はこのよう
に予測している。

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 アフガン板での追記

 私が、靖国廃止・解体論を採らなくなったのは、運動会をやっている害賎右翼はともかく、大部分の訪問客は、純粋に慰
霊と追悼に来ていて、父祖の美化、正当化をして加害責任を自覚しないのは許されないとしても、新たな戦争をしようとい
う好戦的な気分になっているわけではない(好戦的というのなら、具体的な敵がいる救う会の方が、危ないと(^^))ととの
心証を得たと、取り壊した場合、これまでに死んだ「英霊」はどこへ行くのか? 遺族も行き場を失うのではないかとの懸
念からでした。

 真正の左の皆様から見て、拙論は、受容可能でしょうか? それともあくまで靖国解体論でしょうか? 高橋哲哉氏は
「靖国問題」の末尾で、政府や国家との関係を完全に絶つ(首相や天皇を来させない)、合祀反対の遺族の主張を容れて合
祀の取り消しに応じれば、存続は許されるだろうとしています。

 これに対し、「国家の罠」の著者佐藤優氏は、これは実質的な靖国解体であり、実現可能性もないと否定し、現状のまま
でいいとしています。拙論は、この中間に近く、合祀基準の透明化など、靖国の民主化(?)、世俗化を徹底させた上での
公認化を目指しています。

 拙論に対して蒼星板では、仇敵たるベトナム戦争時の大統領名をHNにしている輩から意味不明の反論が出ていますが、
まだ本格化していません。

 Re.「東アジア共同体」牽制策としての靖国参拝?

 米帝が、東アジア共同体の形成を阻害し、日米、米韓、米中の自転車のスポークとハブのような関係の構築を望んでいる
という説は、例えば姜尚狆も好んで述べている主張です。

 ただ、ポチ小泉猪が、その米帝の意を受けての靖国訪問というのは、ちょっと疑問です。そこまでオツムが回るかなあ?
 というのが一つ。基本的には、彼奴一流の思い込みで、損得の打算があるかは疑問です。

 それから内田氏の、米帝が靖国訪問を黙認しているという説も、靖国が栄えれば、反米感情が高まる危険が高い(小林よ
しのりが典型、日本人の恨みを買う負け戦の大部分が米帝相手だし、ダンピールとか、対馬丸とか、不必要な原爆投下とか、
米帝もBC級戦犯に相当する犯罪はやってるし)、わざわざ空襲の戦災死者も合祀すべきといったのは、そういう感情を涵
養しようという下心もあります。空襲への嫌悪感を高めてもらわないと、空爆のみの米帝の干渉戦争への、批判が高まりま
せんし…。

 少なくとも6者協議にとっては、ポチ小泉猪の靖国訪問は、米帝には迷惑行為そのもののはずです。

靖国史観だけの問題ではない。  
投稿者: 管理人  投稿日:11月 9日(水)10時32分56秒
>>靖国問題での立場と見解  投稿者: 原 良一  投稿日:10月22日(土)01時03分4秒
> 私が、靖国廃止・解体論を採らなくなったのは、運動会をやっている害賎右翼はともかく、大部分の訪問客は、純粋に慰霊と追悼に来ていて、父祖の美化、正当化をして加害責任を自覚しないのは許されないとしても、新たな戦争をしようという好戦的な気分になっているわけではない(好戦的というのなら、具体的な敵がいる救う会の方が、危ないと(^^))ととの心証を得たと、取り壊した場合、これまでに死んだ「英霊」はどこへ行くのか? 遺族も行き場を失うのではないかとの懸念からでした。 <
> 真正の左の皆様から見て、拙論は、受容可能でしょうか? それともあくまで靖国解体論でしょうか? <

 遅くなりましたが、上記の件でレスします。
 この問題については、高橋哲哉氏が著書「靖国問題」(ちくま新書)の中で一定の結論を出しています(下記参照)。私も同氏の見解を概ね支持します。

>>>>
 一、政教分離を徹底することによって、「国家機関」としての靖国神社を名実ともに廃止すること。首相や天皇の参拝など国家と神社の癒着を完全に絶つこと。
 一、靖国神社の信教の自由を保障するのは当然であるが、合祀取り下げを求める内外の遺族の要求には靖国神社が応じること。それぞれの仕方で追悼したいという遺族の権利を、自らの信教の自由の名の下に侵害することは許されない。
 この二点が本当に実現すれば、靖国神社は、そこに祀られたいと遺族が望む戦死者だけを祀る一宗教法人として存続することになるだろう。
 そのうえで、
 一、近代日本のすべての対外戦争を正戦であったと考える特異な歴史観(遊就館の展示がそれを表現している)は、自由な言論によって克服されるべきである。
 一、「第二の靖国」の出現を防ぐには、憲法の「不戦の誓い」を担保する脱軍事化に向けた不断の努力が必要である。
(以上、前掲書P.235)
>>>>

 実を言うと、それまで私は、靖国史観を肯定する反動宮司や日本遺族会を牛耳っている戦犯政治家の生き残りを一掃し、靖国神社から「国家神道」色を一掃して(それが出来なければ宗教法人認可の取り消しも辞さず)、それに代わる戦争犠牲者追悼施設(広島・長崎原爆資料館、沖縄「平和の礎」、米国アーリントン国立墓地のような類)を建てるのが、一番ベストだと思っていました。

 しかしこれでも、その時々の為政者によって「犠牲者追悼と反戦・不戦の誓い」の場ではなく戦争美化・大衆動員の為の「英霊顕彰」の道具にされてしまう事に対する歯止めにはならない−という事が分りました。

 よく靖国神社との対比で挙げられる千鳥ヶ淵戦没者墓苑にしても、運営主体の「奉仕会」は天皇・政府・自衛隊との結びつきが強い組織であり、同会が主催する公式の慰霊祭も、靖国の例大祭と、その本質においては同じものです。
 米国アーリントン墓地も、南北戦争における北軍戦死者の顕彰施設として出来たもので(そういう意味では靖国神社と全く同じ)、ベトナム戦争当時には戦意高揚施設として機能してきました。911テロの現場(WTCビル跡地の"グランド・ゼロ")ですら、ブッシュ政権の側からはイラク戦争の正当化・批判封じの為に利用されてきました。
 沖縄の「平和の礎」ですら、九州・沖縄サミットでの米国大統領クリントンの当地演説('00年7月)に見られるように、日米軍事同盟肯定の道具にされたりしました。
 ナチズム全否定の精神が貫かれ戦死者を英霊・英雄ではなく犠牲者として追悼しているドイツのノイエ・ヴァッへ(国立中央戦争犠牲者追悼所)ですら、ドイツのユーゴ・コソボ紛争介入の正当化に利用されたと聞きます。

 それを考えると、靖国問題というのは、「A級戦犯を分祀すれば」「外国人も含めた全ての戦争犠牲者を追悼すれば」「無宗教の国立施設にすれば」解決する問題ではなく、また、単に「靖国史観」の特異性(それはそれで大問題ではあるが)が解決すればそれで片付く問題でも無いのです。実際、他宗教との関係においても、第二次大戦中に「靖国神社は宗教を超越した所の国民的祭祀である」という口実の下で、日本基督教団や浄土真宗などを筆頭に数多くのキリスト教徒や仏教徒が、靖国参拝を強要され、戦争協力の道具に利用されてきましたから。

 原さんご紹介の「ぴろん」氏のブログも拝読させていただきました。遺族の方の戦死者を偲ぶお気持ちは、それはそれでわかりますし、その思いは尊重されて然るべきであるでしょう。しかしそれを他の人にまで強要する権利は無い筈です。しかし靖国神社が今の姿である限り、それはいつ何時、我々に対して牙を向いてくるか分らないのです。

 個々の遺族にとっては、あくまでも過去の戦争を、当時の戦死者を追悼しているだけかも知れません。しかし、靖国神社はそうではない。過去の戦争に託けて、今のイラク派兵や将来考えられるイラン・シリア侵攻の、米国主導による恣意的な「対テロ戦争」の戦争協力・動員の正当化に向けて利用されるのが、目に見えているのです。イラクやその他の戦場で自衛隊員が死ぬ度に靖国神社の英霊として顕彰され、戦争動員に利用されるのが。

 靖国問題は、単に過去の戦争に対する評価の問題や歴史観だけの問題ではありません。つとに現代的な、「我々がどう生きるか」という問題とも密接に関わってくるのです。その時になって、おもちゃみたいな特攻機に乗せられて「天皇や国の為に死ぬのではない、家族の為に死ぬのだ」と無理やり自分に言い聞かせて死に急がされた当時の兵士の様な、そんな目に合わされるのは、少なくとも私はゴメン蒙ります。私はどんな事があっても生き抜いてみせる。戦争指導者の英霊か生霊かゾンビか何か知らないが、そんなモノに自分の人生をもて遊ばされる筋合いは無いです。
  「靖国神社と追悼」シンポジウム参加報告 ('051023日、原良一さん作成)


   戦後60周年!シンポジウム『靖国神社と追悼』

日 時:2005年10月23(日) 午後1時半〜4時半
講 師:田中伸尚(たなかのぶまさ、ノンフィクションライター)
    内海愛子(うつみあいこ、恵泉女学園大学教員)
    吉田 裕(よしだゆたか、一橋大学教員)
司 会:上杉 聰(うえすぎさとし、日本の戦争責任資料センター事務局長)
場 所:韓国YMCAアジア青少年センター9階国際ホール
    千代田区猿楽町2-5-5 電話 03-3233-0611
交 通:JR水道橋駅徒歩6分、御茶ノ水駅徒歩9分、地下鉄神保町駅徒歩7分
地 図:<http://www.ymcajapan.org/ayc/jp/
参加費:500円(会員:300円)
問合せ:日本の戦争責任資料センター 電話&Fax:03-3204-7477
    jwrc@mua.biglobe.ne.jp

記 録:原 良一 (はらりょういち、戦争責任資料センター会員)


本稿ご高覧にあたっての構成者原 良一からの確認

本稿は10/23のシンポジウムでの各講師の発言を、当日の私のB5ノート5ページ分のメモを元に、

ICレコーダーでの録音と対比して書き起こし、再構成した当日の発言の要旨です。


****
(「靖国神社と追悼」ノート起こしによる要旨)*************************************

 

司会(上杉聰日本の戦争責任資料センター事務局長)

 今年は戦後60周年、中韓で3〜4月に激しい反日デモ、総選挙でも争点化できず「靖国隠し」で選挙、選挙大勝後、秋季例大祭に合わせ、外交日程もにらみ10月17日参拝強行、大阪高裁での「違憲判断」で「私的参拝」前面に出すも、強い抗議、盧武鉉韓国大統領は来日取り止め、日中首脳会談も当面開かれずが続く。

 シンポジウムの「靖国神社と追悼」の命名理由は、「靖国神社は追悼の場ではない」ことを強調するため。

 靖国不可なら、代案は? で、午前の資料センター総会でも激論。無宗教の追悼施設作る対追悼施設自体を作るべきでない、もっと工夫すればいいのでは? と議論まとまらず。

 

 

 .田中伸尚氏の講演「靖国訴訟の射程」

 

戦後歴代25人の首相がいたが、司法の違憲判断が出た後も、違憲行為を2回も繰り返すのは、小泉のみ!憲政史上も異例な首相、政治責任を問うべきも、ジャーナリズムより批判の声なし。とはいえ、戦うことを止めるのが負けなので、戦い続ける。今日は、三つのテーマを話す。

一つ目は、大阪高裁の違憲判断後の報告集会でのエピソード。今回の判決は、04年4月の福岡亀川判決よりはるかに精緻で踏み込んだ内容の、1万字に及ぶ判決で高く評価されるべき。報告集会でのテーブルに「小泉参拝違憲」「勝訴」2枚の紙が貼られていた。

これに台湾人原告の一人から「勝訴の表現は納得できない。合憲か、違憲かは日本人の間でのみの問題、台湾人にとっては、戦時動員され、殺され、死後無断で合祀されて被害を受けた点にあるので、被害を認めない今回の判決は勝訴ではない。勝訴と言っていては、アジアの理解は得られない」との異議が出され、集会に出席していた徐勝立命館大教授企画火傷)も「まったく同感である」と続き、台湾人の代表のジワス・アリ高金素梅)も「違憲は日本人のみの問題、台湾ではさして重要ではない」とダメを出し、「勝訴」のビラは撤去された。

 

・高金素梅(?南語:Ko Kim So・-mui, 1965年9月21日-)、タイヤル族名吉娃斯阿麗(チワスアリ)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%91%E7%B4%A0%E6%A2%85Wikipedia版)

(↑リンクだとエラーになるので、コピペしてください)

 

靖国問題はとかく、政教分離、首相参拝の可否のみの語られがちだが、政教分離だけでは解決できない。植民地出身者にとって、支配され、戦争に動員され、殺され、戦後無断で合祀され、加害者と一緒に祀られる「靖国被害」であり、人格権、文化権の侵害であり、首相の参拝の有無に関わらず発生している。小泉首相の参拝は、新たな加害、被害を生み出していることになる。

そのような限界はあっても、大阪高裁の判決は、40年に及ぶ靖国訴訟のある種の到達点といえ、三つのポイントがある。即ち、@思想良心の自由、A信教の自由、B固有の文化の尊重である。

@の思想良心の自由に関して、新たな判断が下された。従来の「公権力による強制の排除、沈黙の自由(どう考えているかを語らなくてもよい内心の推知)」の保護に加え、「思想良心の形成への圧迫と干渉の禁止」が示された。Aの信教の自由に対しても、同様に従来の公権力の強制の禁止に、圧迫と干渉の禁止が加えられた。Bの固有の文化の尊重とは、各民族や個人による独自の戦没者の追悼、祀りの方法に公権力の介入を排する自己決定権の尊重である。

結論として、靖国による遺族の諒解のない無断合祀とその取り下げの拒否、死者の国家管理の拒否につながる判決であり「メチャメチャ画期的な判決ですわ」(大阪の弁護団)であった。

それでも、上記被害の救済自体は拒否しており、裁判自体は敗訴(形式上は被告国側の勝訴)であるが、もし勝っていれば、違憲が判断から判決になり、小泉首相が、損害賠償に応じなければならない事態になる。これを受けた原告の遺族は合祀取り下げを訴える訴訟の方向に向かっている。こういう判決を導いたのは、国境を越えた被害者の訴えに司法が応えた形である。

総理大臣の靖国参拝に対する訴訟は、1985年の中曽根首相の「公式参拝」以来だが、今回の訴訟の特徴は三つあり、一つは、沖縄を含む植民地や侵略された国や地域の住民が、初めて原告になったことにある。いわば訴訟の広域化、「アジア訴訟化」にある。01年の小泉就任直後の「GUNGUN裁判」では、合祀中止を求める「合祀絶止」が掲げられているが、それと重なり合う。

もう一つは「靖国被害」、無断で合祀され、加害者と一緒に祀られる、取り下げ要求が容れられないことが問題である。争点は、従来憲法20条、13条(人格権)の侵害にプラス19条が新たに加えられた。戦没者を祀る権利は個人の決定権に属し、国家に奪われないとの主張が、今回初めてなされた。「国のための死者」の奪回が目的であった。三つ目の特徴は、靖国神社を初めて被告にした点にあった。宗教団体を被告にするかどうかは、殉職自衛官の護国神社への合祀をめぐる裁判で問題になったが、この時は信教の自由の、祀る自由対祀らない自由の衝突する宗教裁判化を危惧して、神社を被告にするのは回避されていた。

今回の訴訟では、「特定の宗教団体が、国家から特別の権益を受けてはならない」という憲法20条第一項の規定に基づいて靖国神社を被告にした。靖国側もその弱点を自覚していて大変神経質であり、裁判での証人質問でも、憲法学者に多くの質問を重ねていた。彼らの一番の気がかりは、無断合祀であり、それが裁判になったらどうするか、訴訟になれば損害賠償になるのだが、賠償が成り立つのかどうかに、物凄く神経質になっていた。

三つの特徴を持った靖国訴訟は、最終的には合祀の取り消しが実現するかを射程にし、追悼は個人の権利であることを獲得することを目指すものである。

小泉の靖国参拝を受けて、10月19日の共同電によると、台北で日韓台沖の遺族による国と靖国を被告とする合祀取り下げ訴訟が起こされることが決まったという。

 

司会(上杉氏)

これまで靖国神社といえば、A級戦犯など、先の戦争を認めるかどうかが争点だったが、もう一つ憲法20条「特定の宗教を利するものではないか」が争点だった。これに新たに「追悼をするのは、個人の権利であって、いかなる他者が介入すべきでない」の憲法19条、一方的に合祀したことも問題だということが今回出てきた。

 

 

.内海愛子「アジアを歩いて感じたこと」

 

アジア太平洋戦争での日本軍の戦死者240万人の内、半数近い116万人の遺骨が収集されず放置されている。その内60万人程度が収集可能であるとされているのに…。日本人は、なぜ遺骨に執着しないのか?

ニューギニア島西部にマノクワリ(旧名ホーランディア)という町があり、旧日本兵の遺骨が放置されている。第二次世界大戦中、ホーランディア壕には約5000名の日本兵が立て籠もっていた。壕の隣には、厚生省によって建てられた碑があるが、今でも歯や、大腿骨など遺骨が見つかっている。

さらにマノクワリのすぐ北のビアク島では、最近見つかったカマールピア(5つの部屋)と呼ばれる鍾乳洞がある。1m四方ほどの小さい入り口を、這って入ると五つに分かれた洞窟があり、そこに日本兵の頭蓋骨が並べて安置されている。飯盒や歯磨きがついたままの歯ブラシ、石鹸箱など、生活用品レベルの遺品も多数残されている。

アジア太平洋戦争の最前線を歩いてみると、地元の住民の戦争被害はまず問題にしなければならないが、同時に、なぜ日本兵の遺骨は戦後半世紀に渡って放置されてきたのか、との疑問が生じてきた。遺骨の収集に熱心でない日本と対照的に、アメリカは、朝鮮戦争、ベトナム戦争でのMIA(戦時行方不明者)、POW(戦時捕虜)の遺骨収集に極めて熱心で、米朝国交交渉でも重要な条件になっている。アメリカのナショナリズムや国家観の反映であり、同列には論じられないが、遺骨収集への異常とも思える執念に見られる個々の兵士の尊重が、捕虜虐待にとりわけ厳しかった戦犯裁判の動機でもあった。

日本が遺骨を放置して顧みない理由の一つに靖国神社の機能があるのではないか? 遺骨がなくても、返らなくても、「靖国の神」になったことで、遺族を沈黙させ、満足させる、親族を死なせて、遺骨も回収しない国家権力への批判を封じるという機能である。

靖国神社が抱えるもう一つの大きな問題が、戦争による死を、合祀される「名誉の戦死」と、逃亡や自殺が原因で合祀されない不名誉な「死」とに、分断し、遺族を沈黙させる点にある。

日中戦争中の1937(昭和12)年10月15日司法省(現法務省)通牒によって、従来戦死者も戸籍上、一般の死者と同じ「死亡」とのみ記載されていたものを、「名誉の表彰たる『戦死』と記載」されるよう改めた。さらに翌38年6月2日戦傷死についても「○○付近の戦闘に於いて受傷、△月△日××に於いて死亡」と記載することが認められた。こうして、戸籍に戦死、戦傷死、ただの死亡という序列ができ上がってしまったのである。

インパール作戦時、「自決すれば、名誉の戦死として扱う」という師団長訓示が出されたのも、上記の戸籍の規定が念頭にあり、兵士は捕虜になることを許されず、「名誉の戦死」を強いられることになった。ミンダナオ島で投降した小島清文氏も(元海軍少尉、戦艦大和乗員、戦争体験を掘り起こす会代表、中帰連のサイト上の略歴では、ルソン島で降伏となっている)「(日本の軍人が投降して)捕虜になることは、男が女になるより難しい」と述懐している。

一昨日開かれた「遺骨と戦死者のための集会」でも話したが、戦後の1952年6月16日「海外諸地域に残存す戦没者遺骨の収集及び送還に関する決議」で、遺骨の速やかな収集、送還が決議されたが、遺骨収集を政府に義務づける法律はなかった。1959年3月3日には未帰還者に対する特別措置法によって、未帰還者に対して厚生大臣が死亡認定の宣告ができるようになり、これを戦時死亡宣告と称し、失踪などによる一般の行方不明の死に対して特別扱いするようになった。

名誉の戦死を強いられる将兵、その戦死と同じ扱いを得られる戦時死亡宣告と、不名誉な死との格差は歴然である。旧日本軍将兵と遺族に対して、沈黙を強い、時に名誉の感覚をくすぐり、また不名誉の感情を押し付けて、沈黙を強いる。こういう機能が、靖国にあったのではないかを再度考える必要がある。

そして59年に戦時死亡宣告が始まるのとほぼ同時に、戦犯の靖国への合祀が始まっている、という政府による戦争の処理が行われている。

 

未帰還者に対する特別措置法

http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz195901/b0122.html

 

・中国残留孤児らの「戦時死亡宣告」とは?(2002年12月25日(水)「しんぶん赤旗」より)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-12-25/021225f-aq.html

 

司会(上杉氏)

自分自身、アジアの被害者の問題で取り組んできたが、自国民たる日本人の死をここまで軽く扱う日本の国家に心底怒りを感じる。追悼とは、亡くなったことをいかに悲しむかにある。靖国神社が、追悼施設でないことは、高橋哲哉氏も「靖国問題」で完全に論証している。戦死を褒め称えるための施設であって、彼らの死への経緯にまったく無関心であった日本社会の構図が、内海氏の発表によって明らかにされたと思う。

 


 3.吉田 裕「靖国神社を支持する勢力から見た靖国問題」


 世論の動向の詳細

靖国をめぐる世論の動向をどう考えるか? ナショナリズム、排外主義台頭の起爆剤となりうる。一方で、80年代に比べ、首相の靖国参拝に対する世論の支持は低下している。中曽根首相の終戦記念日公式参拝が行われた後の1985年10月の読売新聞の世論調査では、参拝賛成が51.7%、反対の24.9%の2倍以上圧していたが、21世紀以降、参拝反対が急伸して、今年7月の毎日新聞の調査では、反対が51%、賛成が39%にとどまった。そして参拝賛成派にも、中韓など周辺国への配慮を求める声が増えるなど、周辺国に配慮すべしとの意識の変化があった。

一方で、逆の方向の意識の微妙な変化も起きている。今年の8月15日の靖国の参拝者は、今年20万5千人に達し、昨04年の6万人を大きく上回り、日中は神門から拝殿に進むのに1時間もかかる大混雑だった(同年8/22付神社新報)。これには、遺族会、戦友会、宗教右翼に組織されている人々もあるだろうが、そうではない、庶民のナショナリスト、従来の自民党の支持基盤でない人も含まれているのではないか、と考える。

先の戦争に対する認識では、今年8月15日の毎日によると、「間違った戦争」が43%で過半数割れ、「止むを得ない」が29%、「わからない」が26%である。2000年のNHKの調査では、侵略戦争が51%だったので間違い論が後退している。

もう一つ無視できないのが若者の変化で、「論座」05年3月号で書いたが、01年までは、高齢者ほど首相の靖国参拝を支持する傾向があった。それがここ数年若年層に支持が広がり、戦争観の変化とも連動していて、前述の00年のNHKの調査での侵略戦争が51%で、82年の調査と数値的にはほとんど一緒だったが、82年では高齢者ほど侵略と考えず、若者が侵略と考えていたのに対し、00年ではそれが崩れ、若者層に「わからない」の回答が増えている。05年の毎日の調査でも、20代で「間違った戦争」と考える人が少ないという傾向が現れている。

つまり、中国や韓国から侵略戦争と認定されることへの、ためらい、反発、違和感が、若い世代に台頭してきている。

この原因は、戦後処理の先送りのツケが回り、戦争体験世代の減少が上げられる。また電通が1981〜2年と、1999〜2000年に実施した国際調査を対比すると、自衛隊への信頼度が他国並みに上昇しており、「戦争はコリゴリ、軍隊はイヤ」という世論が減少している。
 中韓両国のナショナリズム感情に対抗して、日本側のナショナリズムも高まる
「ナショナリズムのスパイラル現象」の悪循環が危惧される反面、それにブレーキを掛けるある種のバランス感覚も機能している。つくる会の教科書が不振を極め、今年も採択率が0.4%にとどまったのが、その一例である。

 

小泉首相の外交と内政

小泉首相の対外路線自体は、93年の細川政権、95年の自社さ村山政権の植民地支配と、侵略戦争への謝罪路線を継承している。今年8月15日の戦後60年首相談話では、「植民地支配と侵略」「痛切な反省と心からのお詫び」の村山談話の文言の継承に加え、「内外のすべての犠牲者」と初めて「外」の字も加えられてもいる。

つまり、小泉首相は、対外的には植民地支配と侵略への謝罪を述べながら、国内では無反省に靖国参拝を続ける極端な二重基準を行っていることになる。しかしその参拝内容は、大阪高裁の判決を意識してか、公的惨拝色を極力薄めるものとなっている。

 

・戦後60年小泉首相談話(全文)

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/koizimudannwa.htm

 

これは、公的参拝路線の挫折を意味するものであり、保守・右翼内の復古右派にとっては、靖国神社の国家護持路線に続く敗北である。最近6月14日の政府答弁では、昭和天皇の靖国参拝までもが私人としての参拝だったと書かれていて、復古右派は切り捨てられる傾向にある。

 

靖国神社の動揺と衰退と過激化の悪循環

靖国神社の動揺は、支持基盤の衰退という形で顕在化してもいる。会員の高齢化による死亡や病臥で遺族会は衰退し、より高齢の戦友会はほぼ消滅、活動を停止した。慰霊祭を行っていた戦友会の消滅や、不況による企業献金の減少で、ここ数年の靖国神社の年収は、推定で10億円程度、1985年の1/3程度にまで落ち込んだ

また靖国神社崇敬奉賛会は、「御創立130年記念事業」のため、50億円を目標にした募金活動を行ってきたが、2003年度末の期限で30億円しか集められず、目標を40億に引き下げて募金活動を1年延長したが、結局36億円にとどまった。靖国発行の機関紙「やすくに」8月1日号の「崇敬奉賛会だより」によると、会員は死亡などで毎月平均1000人が退会しており、ピークで9万人の会員数は、現在は8万人の維持もままならないという(今年4〜6月までの新入会は約1000名)。

このような大衆的基盤の脆弱化に伴って、靖国神社は、次第にイデオロギー化、過激化が強まっており、90年代後半以降は、戦争賛美一色になっている。特に日米戦の開戦責任をアメリカに押し付ける「靖国史観」が目に余るほどである。日本共産党はこの状況を「“靖国史観”とアメリカ」(日本共産党中央委員会出版局)というブックレットにまとめ、英訳の上、全米の各マスコミに送りつけた。今回の小泉参拝に対して、ニューヨーク・タイムス、ワシントンポスト、ロサンゼルス・タイムスと大手メディアから批判的な主張が相次いだのは、その影響があったかもしれない。

 

なぜ続ける小泉参拝

この状況で小泉首相は、なぜ靖国参拝にこだわり続けるのか? ナショナリズムの高揚はあるが、現在の日本では、反米ナショナリズムは厳しく抑制されている。つくる会が典型で、今年の扶桑社版は、前回に比べ穏健保守路線になり反米色が抑制されている。反米を掲げた小林よしのりや西部遷らは会を去った(追われた)。

反米を抑圧されるナショナリズム感情の欲求不満が、中国・韓国に向けられる傾向が高いが、対米、対中関係を重視する自民党など保守本流も危険視する傾向が高まっていて、反米に結びついて日米関係を不安定化させると危惧されている。

もう一つは、過度の靖国賛美に固執することは、国論が分裂している問題には深入りできない天皇や皇室を軽視させる矛盾ももたらすことになっている。

皇室は、75年の昭和天皇の靖国参拝を最後に、78年のA級戦犯合祀が明るみに出て国際問題化して、参拝ができなくなっており、現天皇になっても一度も行っておらず、一回だけ栃木県の護国神社に参拝した際も、事前にA級戦犯が合祀されていないことを確認する徹底ぶりである。靖国にこだわれば、こだわるほど皇室は脇へ追いやられるというジレンマがある。

さらに、日中関係の悪化を恐れる財界の意向も大きい。読売新聞は今年6月4日付の社説で、小泉首相の靖国参拝の反対へ転じた。そして私的参拝を主張する小泉に「私的参拝であるなら、参拝の方法も考えるべきではないか。昇殿し、『内閣総理大臣』と記帳するのは、私的参拝としては問題がある」と批判した。結果として10月17日の参拝は、この批判に影響されたものとなった。

一方靖国神社では、今年6月29日東京裁判でA級戦犯全員無罪を主張したパル判事を顕彰する記念穂を建設しており、意味深長な示唆になっている。

 

司会(上杉氏)

A級戦犯の合祀は、東京裁判を受諾したサンフランシスコ条約の違反ではないかの、アメリカからの批判や圧力が出始めている。

(休憩)

 

第二部パネルディスカッション

 

司会(上杉氏)

各パネリストによる相互討論に移ります。

 

吉田氏より田中氏への質問

吉田Q)自衛隊の殉職者の慰霊はどうなっているのか? 

特に合祀訴訟後の、隊友会主催の慰霊祭は今でも行われているのか?

田中A)合祀訴訟のほとぼりが冷めた後で一部再開している。

 1972年にキリスト教信者だった殉職自衛官の合祀が行われ、反発した未亡人が73年に訴訟を起こした。それ以前の60年代の中頃から、福岡県以外の九州の全域で、殉職自衛官の護国神社への合祀が行われていた。自衛官の合祀訴訟は、88年の最高裁の原告敗訴で確定したが、その前年の87年から訴訟の舞台となった山口県を皮切りに合祀が再開された。現在も合祀を熱心に行う長崎県、宮崎県とまったくやらない福岡県の色分けははっきりしている。

 03年に市谷の防衛庁内に6億円をかけたメモリアルゾーンが作られ、殉職者が刻銘されていると聞いている。

 

田中氏より吉田氏へ

田中Q)社会認識の分岐点は? ナショナリズムの勃興とそれなりバランス論の対峙状況は?

 気になるメディアの動向と影響、その形成の行方。

 内海氏より吉田氏へ

内海Q)軍=自衛隊への信頼度がアップする傾向と言われたが、イラク派兵自衛隊の「殉職」時の慰弔金は? 

 かつて産学協同の弊害が言われたが、今は軍学共同が進行ていて神戸大や広島大などの例がある。アチェ、スリランカなどの災害援助の現場では、災害派遣の自衛隊とNGOを含む援助団体との共同作業の進行が止まらず、各援助団体は、自衛隊に対してどうヘゲモニーを保つか苦労している。またODAでも軍援共同路線が進行中である。過去だけでなく、現在の問題であり、世論調査をどう読むか教えてほしい。

吉田A)難題が一度に来て、お残り気分(笑)。

 メディアの意識や変化という点では、日本の加害報道が90年代後半以降急速に後退している。教科書でも、慰安婦や強制連行の記述が激減している。現在の制度では、検定による削除はできないのに、すべて自主規制である。メディアの支持がなく、そうしないと売れないからでもある。

 一方皇室は、生き残り戦略として開かれた皇室を志向しており、90年代以降は「皇室外交」、これ自体論理矛盾(皇室の政治介入であり、外務省の外交専権の侵害でもあるので)なのだが、以前は「皇室の政治利用」と批判していた朝日新聞などが積極的に評価・推進している。そして現天皇が、過去の戦争に対して謝罪の意を込めた発言をしたこともある。特に天皇の訪中の際は、以前と逆に、右翼側から天皇の政治利用との批判が出た。

 自衛隊の社会的認知は、国際貢献など公的活動を通じても広げられてきた。また広報活動も充実・強化されており、市谷の防衛庁では、毎日午前、午後の2回見学ツァーが行われており、良く訓練された赤いミニスカートの制服の若い女性自衛官が案内している(事前に申し込みとセキュリティーチェックが必要)。

 同時に自衛隊員が抱えている問題に、我々がきちんと目を配っているのか? 例えばPKOの自衛官に「派遣ストレス」がある。一般的に3ヶ月危機説があり、派遣隊員を3ヶ月で交代させているのは、そのため。イラクのように周囲を敵に囲まれることで生じる戦争神経症の問題も、実際に戦火を交えている米兵にとっては、特に深刻だろう。

最近自衛官の自殺が急増して問題になっている。自衛官の抱える問題に向き合うことなしに、政府も、国民も安易にある意味「傭兵」扱いしている。それを問い直さなければいけない。

 先程、世論調査による国民の意識の変化を説明したが、時代に関わらず変わっていないのは、「有事の際、武器を取って戦うか?」に対する答えで、否、戦わないが、終始変わらず他国の中で飛びぬけて多い。その解釈には異論もあろうが、戦後日本社会が培ったある種の非戦主義ではなかろうか。

 

 田中氏より内海氏へ

田中Q)日本人の遺骨観は? 靖国が遺骨の代替装置とはいえず、遺骨の放置は日本の文化ではないか?

内海A)遺骨の専門家ではないが…。留学生が海外で死んでも、遺骨の日本帰還に拘らない例がある。旧連合国の兵士は、死亡した現地に埋葬される例が多い。例えば横浜市の保土ヶ谷区に日本の捕虜になって死亡した兵士の墓がある。収集するかどうかは、それぞれの選択や宗教観だが、旧日本兵の場合、収集も埋葬もされず、野ざらしで放置されていることが問題なのである。

 あるシンポジウムの質疑応答での遺族の発言に胸を突かれた。

「私の父は戦死し、遺骨も帰らなかった。政府の責任を追及したいが、

アジアに対する加害責任を考えると、それに拘ることに罪悪感を覚える」

私は

「それは違う。自国兵の遺骨を放置するような国が、どうして加害の視点を持てるだろうか?」

 と答えた。

親族の遺骨に拘る先に、加害の視点が当然出てくる。私たちは被害者意識も中途半端だったのでは…。

 ラグアン島に行った時も、住民が回収した遺骨は、自分の背丈よりも高いアルミの大きな箱に投げ込まれていて、定期的に来る収集団が荼毘にしている。

文化や宗教よりも、政府が自国民に対する責任をどう取ったかである。

これは、ニュルンベルク裁判と東京裁判の一番の相違点で、

自国民に対する戦争責任がニュルンベルクでは問われたが、東京裁判では一切論じられなかった。

 加害責任を論じるばかりで、被害について考えなかったことが、100万以上の遺骨を海外に放置したまま今日を迎えたのではないか。

 遺体を放置する一方で、52年のサンフランシスコ講和条約締結と共に遺骨収集の決議をするが、それよりも戦傷病者戦没者遺族等援護法(遺族援護法)」を作って、翌年すぐに軍人恩給を復活させ、支給停止中の昭和28年度分も取り戻させるべく法律を改正し、戦犯たちにも支給させていく。戦犯としての拘留期間も支給期間に加算する…。

 

戦傷病者戦没者遺族等援護法

http://www.houko.com/00/01/S27/127.HTM

 

 非占領期の措置がなし崩しにされて、戦犯が選挙権なども含めどんどん復権していく一方で、政府が責任を負うべき徴兵、徴用された将兵の遺骨は、靖国への合祀という装置によって責任を放棄したのではないか? 宗教というより、政府の自国民、自国兵に対する責任ではないか。

 

吉田A)アジア太平洋戦争で、民間人に大量の死者(約12000人、軍は約38000人)が出た最初の戦闘がサイパン島で、主に沖縄からの移住者が、降伏を拒否してバンザイクリフスーサイドクリフから飛び降り自殺し、最後のバンザイ突撃に参加するなどして「玉砕」した。最近、澤地久枝氏の著作で知ったが、同島陥落直後の帝国議会で、「サイパンの民間人の死者も合祀すべきだ」との議論がなされ、陸海軍各大臣も前向きだったのに、靖国側の反対で実現しなかった(現在も未合祀)。

総力戦の段階では、戦禍は軍民の別なくのしかかる以上、軍民による戦死者の差別や区別をなくしていくのが、戦況に合致した追悼観のはずなのに…。靖国神社の追悼観、戦死者観は日清・日露戦争時代のままである。追悼に値する死者とそうでない死者を常に選別していく。同じ会津藩の戦死者でも、戊辰戦争の戦死者は賊軍なので祀られていない一方、禁門の変蛤御門の変で皇居を守って長州軍と戦った戦死者34名は祀られている。

このような狭さが、靖国神社の最大の問題だ。もし靖国神社が、生き残りを賭けて本気で改革をする気があるのなら、民間人の戦没者の合祀と、「賊軍」と貶められてきた戦死者の合祀が絶対必要である。

例えば佐賀県の護国神社は、佐賀の乱の刑死者を戦後合祀し「県民的和解」(笑)としている。米国のアーリントン墓地も、現在は反乱軍たる南軍の戦死者も追悼している(原注:墓地の敷地は、「A級戦犯」南軍リー将軍の邸宅を没収した跡地である)。これが国民国家の追悼施設のあるべき姿だろうが、靖国はその段階にすら達していない。今のままでは、国民的追悼の場たりえない。

最近、赤澤史朗氏から非常に詳しい本靖国神社 せめぎあう〈戦没者追悼〉のゆくえ」(岩波書店)が出て考えさせられたが、靖国神社の追悼観の狭さと古さを強調したい。

 

田中A)靖国神社の古さが指摘されたが、「変化の兆し」がないわけではない。死者を選別する体質はそう簡単には変わらないだろうが…。

靖国神社の合祀は戦後が圧倒的に多いが、戦後の混乱期で調査がいい加減で、生きているのに合祀された事例も多い。韓国で90年代になって生存合祀が判明し、取り下げを要求していたところ、今年9月になって初めて、それも謝罪を付けて取り下げに応じた。今までは、一旦合祀したものは下ろさない、それが神道の教義であり、宗教観だとずっと拒否していたのだが…。

 もう一つは、つい数日前だが100年ぶりに「北関大捷碑」、豊臣秀吉の朝鮮出兵当時、北朝鮮地域で義兵(官軍=正規軍ではない義勇兵)が豊臣軍を破った記念碑が、日露戦争の時日本に持ち去られ、靖国神社に寄贈されていたのを、100年ぶりに返還した。これも今までならまずやらなかったことだ。

 

《北関大捷碑関連サイト》

 

・北関大捷碑(中央日報05.10.12付)
(建立のいきさつが最も詳述されているサイト)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=68527&servcode=100§code=120

 

・日本に略奪された「北関大捷碑」が返還へ(朝鮮日報05.3.01付)(赤字は記録者)

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/03/01/20050301000028.html

 

・「北関大捷碑」引き渡し 百年ぶり北朝鮮“帰郷”へ(産経‐共同05.10.12付)

靖国神社、韓国大使館、外務省、返還合意文書に署名

http://www.sankei.co.jp/news/051012/sha044.htm

 

北関大捷碑移送事業(返還運動を主導した日韓佛教福祉協会のサイトより)

http://www.h7.dion.ne.jp/~bankoku/nkb/hokkandaishohi_01.html

 

・北関大捷碑「略奪」発言に反発する保守系ブログ

建設者ノ子孫ニ諮リテ其承諾ヲ得今回還送シ来リタルモノ原資料写真付で朱書

http://dreamtale.ameblo.jp/entry-a055ba16ebce6dec87a5436d1c836f5b.html

 

 両者は、ある種のシグナルではないか、という人もいる。これが、A級戦犯の合祀取り下げにつながるのかどうか? しかしそれに応じると、裁判中の人たちの取り下げにつながって、靖国はガタガタになる危険も大きい。

 この靖国の古さと、財政的な問題、基盤の脆弱化が、靖国を存続させるために変化の契機になってきたのか、という気がしないでもない。

 

 内海氏より田中氏へ

内海氏Q)民間人を合祀しない狭さは、靖国にとどまらず、民間人の空襲の被災、戦争被害に対しても補償の対象から外されている。民間人の遺族から、恩給に準ずる補償の要求や訴訟は、戦後起こったのだろうか? 

 名古屋放送が作った「チエちゃんと空襲」という、杉本さんがドイツの民間の空襲の被害者が、どういう処遇を受けているのかを見にいったドキュメンタリーがある。ドイツでは「空襲も敵弾も兵士と民間人を分けて当たるわけではないので、軍人と民間人では処遇を分けない」と厚労省に当たる役人が明言している。「日本人は、なぜ軍人と民間人の差異をそれほど強調するのか?」と不思議がられた。日本の軍民格差の不当性が、ドイツの側から指摘されている。

 これに対して、杉山千佐子氏らの訴訟があったが、現在の戦後補償裁判では、戦災は全国民が受けたのだから等しく我慢せよとの「国民受忍義務論」で敗訴した。元軍人たちには、恩給で手厚く補償されている以上納得しがたい。民間人の戦争被害に対して国の援護体系はどうなっているのか?

田中A)名古屋の杉山千佐子(全傷連=全国戦災傷害者連絡会会長)さんという名古屋大空襲で左目を失った方が、最初に訴訟を起こしたが、先程の「国民受忍義務」の範囲内ということで敗訴した。その後も訴訟の気運は何件かあったが、判例の壁が破れず、被害者は高齢化もあって訴訟に到ってはいない。

 

・[戦闘参加者とは誰か](15)(沖縄タイムス、2005年3月20日 朝刊26面より)
杉山千佐子さん(上)‐住民の被害訴え30年余 傷害者援護法実現せず‐

http://www.okinawatimes.co.jp/sengo60/tokushu/dare20050320M_01.html

 

・「負けぇせん! 〜ある戦災傷害者の軌跡〜」(杉山千佐子氏をモデルにした舞台劇)

(主演の一青妙は、歌手一青窈の姉)

http://www11.ocn.ne.jp/~cr21/makeesen.html

 

 また国会でも、社会党があった時代に何回か質問がなされたが、遺族援護法の物価スライドや給付引き上げのための改正は、各党票目当てで満場一致で成立するが、空襲被害への対応は、厚生省‐厚労省、総務庁もまったく後ろ向きで、そもそも約50万とされる空襲被害者の実数自体が把握されていない。軍人、軍属の遺骨を放置することも、民間の戦災被害者に対する対応も「人を人と見ない」態度が戦前、戦後と一貫している。

 軍人、軍属に対する分厚い補償と法整備に対し、原爆被爆者援護法の成立も94年11月とはるかに後であり、沖縄も同様、日本政府は、民間の被害者にはまったく冷たく、法制度さえないのが実情。

 司会(上杉氏)

 司会ではあるが、靖国が追悼施設でない例証として、民間人の空襲の犠牲者も、原爆の犠牲者も靖国神社は祀っていないことが挙げられる。追悼施設なら、民間人の被害者も等しく入れるべきである。あくまで軍に協力した範囲でしか、民間人を入れていない。そこにA級戦犯が祀られるのは、一つの結論であって除外できないのではないか? 先程吉田氏も言及した靖国神社生き残りの助言であるが、なかなか導入はできないのではないか?

 もう一つ、遺骨の件で、韓国で真相究明が進んでいて、強制連行された被害者の遺骨が推定で1万〜5万体程度、日本に留まっている。韓国は、返還を求めて調査を要求しており、日本もそれに応じて動きが始まっている。韓国の遺族は、親族がどのような経緯で亡くなったかを知るためにも、遺骨を求めている。

拉致被害者の横田めぐみちゃんの遺骨が、本物かニセ物かで世論の関心が高いのも、彼女の死に様、生き様を調べるためには遺骨が基本になる。人を大切にするためには、どうしても遺骨の問題は避けては通れない。我が国が、殺された人にいかに無慈悲であるかを思い知らされた。

 これから質疑応答になるが、最後に国立の無宗教追悼施設の建設の是非について議論のまとめにしたい。

 

****(記録者の感想)*************************************************************

 パネルディスカッションで、
「欠陥追悼施設としての靖国神社」の根本的な問題点が示された。即ち

 1.了見が狭い
軍人のためだけの、軍に連なる人々だけに特権を与えるための施設であり、

差別意識がムキ出しで残されている。
悲惨な総力戦を体験した「国民国家の需要」に応えていない。

 2.認識が古い
日露戦争時代の戦争観、戦死者観、追悼観のまんま…。
既にサイパン戦の時点で時代遅れになっている認識が、そのまま維持されている。

 3.基準がない
合祀基準があまりにデタラメ、いい加減、おまけに不透明で非公開。
一貫性も、原則もないご都合主義的、差別主義的な運用がまかり通っている。

 3に関しては、次の質疑応答でもいろいろな事例が挙げられてくる。

 

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 質疑応答  

 

Q1.伊香俊哉氏(センター会員、都留文科大教授)― 遺骨収集の難問、地元の理解 ―

 私自身も、1990年代半ばから中国雲南省で遺骨収集も含む活動に参画している。雲南省は西端の拉孟騰越で玉砕しており、遺骨が今も残っている。元々ビルマ方面からの侵入なので、生き残りの兵士はビルマに落ちた。ビルマでは戦後50年代から遺骨収集事業が企画され、70年代までには実施された。当時のビルマ政府は軍事政権で対日関係が比較的良好で、日本政府から補助金が出る一方、カチン族の「反政府ゲリラ」からの護衛の名目での協力もあり、遺骨の収集は進展した。

 一方中国雲南省に対しては、毛沢東時代から要望書を出しているが、未だに認められていない。80年代になって雲南省の省政府レベルで、関係者の訪問は認めるようになったが、慰霊行為および遺骨の収集は絶対に認めないという姿勢で一貫している。

 この条件の下で、当時の部隊の生き残りや遺族が、数年おきのペースで訪中しているが、彼らが戦前そのままの戦争観を持って現地へ行くので、外務省の出先である外弁(外国法事務弁護士)が、トラブル回避のため「現地の人の話も聞け」と現地の被害者や、その親族との対談を設置したりしているが、彼らの話を、渋々白髪三千丈の眉唾気分で聞いているだけのトンデモ姿勢である。

 このように80年代から接触は行われたが、慰霊や遺骨収集の話は進まず、何とか慰霊塔くらいは、の話に対して、外弁から、「過去の自分たちの行動を踏まえ、何らかの地元への貢献をしないと理解が得られない」と批判が出て、老朽化した地元小学校を立て直すことにし、関係者が寄付を募り、中央課(?要確認)と折半で負担して実施するなどして、不十分ながらも地元住民感情は、多少は改善されたが、遺骨収集の実現には到っていない。

 遺骨の収集は、インドネシアなどでも行われているが、現地の対日感情の厳しさや、その時々の政権の対日関係が良くならないと遺骨の収集は進まないだろう。

 

内海氏A1. ― 結局は、行く人の心がけ次第 ―

 伊香氏の指摘の通りで、本来は遺骨の収集の過程で、かつての戦争が、現地にもたらしたものに向き合う好機である。ところが、戦前の戦争観のままで旧部隊が行くこともあるし、観光ツァー代わりになっている所もある。マノクワリなどでも、遺骨収集は通り一遍で、夜は歌舞音曲の観光旅行状態である。

 遺骨収集をどういう形でやるのか? 政権との関係もあるが、行く人たちが、かつての日本軍が現地でどう見られていたかの、事前の勉強会や討論会をしておかないと新たな摩擦を起こすだけ…。

 今年政府の遺骨収集関係の予算は、4億7600万円、内遺骨収集に2億4200万円の巨費がついているので、遺骨収集に行く人々には補助が出ているはず。

 しかし、これまで東南アジアに行く人々を見ていると、青年団で収集している。国士舘とか、建青館(?不明)の人もそうだと思う。彼らは、かつての戦争観を肯定的に受け継ぎながら収集をすることになるので、アジアへの加害や侵略の歴史が問われることはない。地元住民を「現地ガイド」としてしか見ないので、摩擦も各地で起こしている様子だ。

 結局、遺骨の収集に固執するのではなく、その過程において侵略だったかつての戦争に向き合わざるを得ないのではないか? これがポイントである。

 上杉氏A1. ― 韓国から遺骨収集への参加希望が ―

 現在韓国から出されている要求の中に、遺骨収集に韓国の元軍人、軍属も一緒に参加させてほしいという要望が出ている。遺骨の中には、当然朝鮮人の物も含まれているからだ。外務省はこれを認め、費用の3分の1を負担することになった。遺骨収集も、現地の被害に加え、植民地支配下の差別問題にも目が行くようになれば、変わるのではないか。

 

 Q2.B氏-1 ― 合祀されている台湾人、韓国人の国籍は? ―

(本文なし、回答のAと混同するので、A氏は欠番にしています)

 田中氏A2-1. ― 植民地支配の意識のまま ―

 靖国への合祀されている植民地出身の名前は、創氏改名させられた名前(通名)と、本名で書かれている場合とバラバラである。現在靖国が明かしている、朝鮮、台湾出身者は5万弱とされる。私(田中氏)の父が「死んだら靖国の神にされるのは、耐え難い。名前を消してくれ」と談判に行くと「神道では、一旦神にすると下ろすことはできない」という理由と、「亡くなった時は、日本人であったから」ということを堂々という。

 戦後になってから合祀しておきながら、そういうことを言う。それを何人もの人から聞いた。

 台湾の人々に言わせると、靖国はまだ植民地支配の意識のままではないかと怒るが、私もまったく同感。

 私は、靖国の変革はほとんど絶望的だと思っているが、台湾や朝鮮半島の合祀者は一旦ゼロにして、希望者だけを改めて祀るようにすべきだ。質問の答えは、「死んだ当時の国籍は日本であったから」のこれだけ!

Q2. B氏-2 ― 時代は変わっても、死んだらお終いなのか? ―

 当時はそうであっても、時代は変わったし、靖国に弔われたくないといっても、国籍を変えてどうという法律はないのか? 死んだらもうお終いなのか?

 田中氏A2-2. ― 天皇のための神社の体質は不変 ―

 おっしゃる通りである。戦後の変化は関係ない。靖国が戦前、戦中の考えを戦後も貫いているのは、神社創建の考え方からして、ここは天皇の神社で、明治天皇の思し召しで作られた神社であって、天皇のために亡くなった人を祀るというのは、創建以来の趣旨であり、変えることはできないからである。

だからそれは違う、戦後1959年から大量の合祀が始まって、台湾、朝鮮の人々が大量に含まれている。結局合祀をするには、靖国にも「調査部」はあるが、遺族一人、一人に出向いて調べるのではなくて、旧厚生省が、都道府県から資料をもらって、自動的に靖国に流してきた。

内海A2. ― 基本的には日本名で合祀 ―

当時の日本軍の中には、台湾人、朝鮮人の軍人、軍属が含まれていて、日本人としての国籍を持つことになっていたので、名誉の戦死の際には合祀された。その時の名前は、基本的には創氏改名した日本名である。しかし、フィリピンの俘虜収容所の所長で、米軍主導のBC級裁判で死刑になった洪思翊こうしよくホン・サイク)は、創氏改名を拒否していたので、朝鮮名で合祀されている。

 

・紹介;山本七平著『洪思翊(こう・しよく)中将の処刑』

http://www.geocities.jp/tamacamat/sonota08.html

 

・洪思翊(こう・しよく)将軍(「絞首合格だったよ」など処刑直前のエピソードを紹介)

http://www.tamanegiya.com/kousyoubunn.html

一旦合祀して、神になり霊璽簿に入ったら絶対に下ろさないのが、これまでの靖国の主張だった。それが今回の韓国からの生存合祀への抗議で、抹消するのでは? の動きになっている。これが霊璽簿なのか、ただの事務名簿なのかは不明確だが…。

上杉A2. ― 自力で歩けぬ、ひ弱い神ですなあ ―

一旦合祀すると、分けられないものになるのでもう出てこれない(笑)というのが、神学上の説である。

よほど無力な神らしい。自分で歩くことも、出てくることもできない(呆)。

Q3.某女(本論に関係ない質問演説なので削除)

 

Q4.関東軍の元兵士の老人 ― 強要自決の扱いは? ―

死者への差別に怒りと驚き。戦友の話を紹介したい。満州の牡丹江で、関東軍で一緒に戦っていた戦友が伝染病に罹った。ソ連の参戦で敗走する際、看護婦から青酸カリを渡され自決を強要された。この種の強要自決を靖国はどう扱っているのか? その戦友の妹が靖国を訪問し泣いているのを見て非常に怒りが募った。

内海A4. ― 自決をすれば、名誉の戦死 ―

日中戦争が広大な地域に拡大し、戦死者の死体が回収できない時、死体がなくても部隊長が死亡の認定をすれば、司法省が、各地の市町村の役場に戦死の通知ができるようになった。

戦後生きていた英霊の“悲劇”」が多発したのは、戦時中は遺体が未確認・未回収でも死亡認定ができ、日中戦争後、法改正でさらにそれを簡易にできるようにしたため、実際には行方不明後、捕虜になっていた者も死亡認定していたからだった。

青酸カリだけでなく、南方戦線で「転進」=敗走する時、動けない傷病兵を、最初の頃は青酸カリや軍医による毒殺、後半は手榴弾を持たせて自決をさせた。手榴弾が足りなくなると、動けない兵を集めて手榴弾を渡す、この場合は、戦死の扱いになる。先程言った自決をすれば、名誉の戦死」の事例である。

 

・忘れられない戦争の恐ろしさと惨めさ

http://www.geocities.jp/shougen60/shougen-list/m-T11-1.html

 

私は、「名誉の戦死」の内実をもう一度調べたい。海外で置き去りにされた遺骨を見ると、肉親がどのように死んだのか? 殺されたのか? なぜ肉親は確認に行かないのか? ということを思って、アジアに対する加害責任は、その中から見えてくるのではないかと思っている。強要自決の詳細は吉田氏に…。

吉田A4. ― 曖昧で、恣意的な合祀基準 ―

私に振られても(笑)。一般的には、その種の「自殺」は戦死に認定して、遺族に不利が及ばないようにしている。全体としては、靖国の合祀の基準は極めて曖昧である。

本来自殺者は合祀されないが、例えば、第二次上海事変の時に、意識不明の状態で捕虜になった空閑昇(くがのぼる)陸軍少佐が、捕虜交換で帰還後、捕虜になったのを恥じて自殺している。合祀の対象外のはずが、世論が軍国美談として称賛し、それを受けて合祀した。

 

・上海事変(Wikipedia版)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

・第二次上海事変(Wikipedia版)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

(両方とも、リンクだとエラーになるので、コピペにしてください)

 

・「捕虜・俘虜」空閑昇少佐の自決など捕虜の記述
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/horyo.htm

 

問題が多いのが、軍法会議の処刑者。敵前逃亡や、上官への反抗で処刑された人たちは、基本的に援護法の対象外だった。しかし70年代に国会で、名誉回復の動きが出て、有名な映画「軍旗はためく下に」(72年、東宝)、原作の「軍旗はためく下に」(結城昌治、中央公論文庫)があるが、ブーゲンビル島で、飢餓の下ジャングルを彷徨していた兵士が終戦で出てくるが、現場の軍法会議や、時にその手続きを省略して現場で射殺されている。

そのような運用に非常に無理のある軍法会議への批判が、国会でも取り上げられ、刑死者も戦死者と同様に扱われるようになった。

とはいえ、基準は非常に曖昧で、自殺でも特攻作戦を立案した大西瀧治郎は、自殺であるが「責任自殺」なる(失笑)概念をでっち上げて、援護の対象にした。基準は極めて恣意的で、今夏のNHKの靖国関連番組でも、靖国側は、合祀の基準を最後まで明らかにしなかった。

内海A4.-2 ― 高麗青年独立党事件 − 

自分の持っている資料では、朝鮮人軍属で捕虜収容所の看守が戦死した場合は、1943年くらいまでは、全部合祀されている。ところが、敗戦直前に日本軍に抵抗した高麗青年独立党(ジャワ島中部アンバラワで蜂起し、鎮圧さる)事件で殺された朝鮮人は、変死とされ、合祀の対象外である。関連しての自殺も対象外である。

 

・「赤道下の朝鮮人叛乱」(内海愛子、勁草書房、高麗青年独立党に言及)

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9871311761

 

 合祀基準が恣意的である上に、天皇に忠誠を誓って死んだ者は、日本人、朝鮮人、台湾人を問わず、合祀をしていた。

 田中A4. ― 追い出され、奪われ、殺されての「戦闘協力」で見舞金と合祀 ―

 補足の補足で、沖縄戦で青酸カリによる「強制的集団死」が行われ、ひめゆり部隊にもかなりの死者が出ているが、彼らのほとんどは合祀されている。沖縄の場合、民間人の死者が9万5千から10万に及ぶとされるが、援護法を適用するため、軍によって壕やガマ(洞窟)から追い出されたり、食糧を奪われて日本軍、米軍双方に殺された民間人が、軍に協力したと見做され、援護法の対象になる捩れがある。対象者の資料は、各市町村から県、厚生省を経由して靖国へ行き、民間人でありながら戦闘協力」ということで、見舞金をもらい、合祀された。協力といっても逃げただけ、奪われただけなので、ゼロ歳、1歳といった乳児まで合祀の対象となった。

 

・沖縄戦 用語解説「強制的集団死」
http://www.gettounohana.com/order/report/war-2.html

・「沖縄戦戦闘協力死没者等見舞金支給要綱」

http://www.ndl.go.jp/horei_jp/kakugi/txt/txt01390.htm

 

 B氏A4.(GUNGUN裁判関係者の飛び入り回答)

 GUNGUN裁判と生存者合祀で補足。同裁判は、01年に韓国人合祀者が、政府に取り消しと慰謝料をを求めて起こしたもの。02年で2人いて、一人は存命中。取り消しを求めて靖国に行ったところ、「そもそも生きている人は合祀されていないから、事務的な名簿からは削除する」との回答だった。

 パネルディスカッションで、田中氏が触れた東亜日報の記事を見たが、靖国側は霊璽簿そのものからの削除は絶対にしないと言っているので、それはないと思うが、もう一度確認してみる。謝罪をしたというのは、過去になかったことで、大使館の外交ルートで行っているので、そちらも確認したい。

 その段階になると、靖国の合祀はムチャクチャになっている。例えば敗戦=解放後の1945年9月30日にミンダナオ島で死んだ例があるが、そのときの国籍はどうだったか? 靖国は、教義上取り消しはできないといっているが、神道一般ではありうるはず。靖国は、歴史が浅く取り消し例がないだけ(笑)。

 GUNGUN裁判は、2月15日結審と決定。ドキュメント映画「アンニョン・サヨナラ」の宣伝を少し。主人公は李熙子(イ・ヒジャ)さんの父は、徴用され、中国桂林で死亡している。鑑賞および上映運動への協力をお願いする。

「在韓軍人軍属裁判を支援する会(GUNGUN裁判)」

http://www.gun-gun.jp/

 

 司会(上杉氏)

 靖国の「神様」が、どんどん逃げていって、我々の苦労が少しでも減ればいい(笑)。

 

 Q5. C氏(ジャーナリスト)― 若年層の靖国支持の背景は?―

 ジャーナリストの一人として、メディア批判は耳が痛かった。感想と質問を。

昨念8月靖国見学ツァーに参加、遊就館の戦争観に驚愕。今年8月15日にも見学、鎮霊社が目的。軍人、軍属以外の民間人、日本人以外の霊も対象にする沖縄の「平和の礎」に近いとの説明だったが、行ってみるとロープが張られ立ち入り禁止。警備上の理由で今日1日限りとの説明も、木立の中で淋しく佇立する鎮霊社の姿は、賑わう本殿と対照的。これが靖国の本性…。

・鎮霊社というもの(阿修羅掲示板より)
http://www.asyura2.com/0505/asia2/msg/284.html

 本殿では講演が行われ、インドネシアのイスラム教指導者(イドリスノ・マジッド世界イスラム連盟東京特派員、下記)が「独立につながった大東亜戦争に感謝」と発言し、次いで金美齢が講演「台湾で接した日本兵は、カッコ良くて、優しかった。その日本兵に文句を言う日本人は、恩知らずである。外国人が文句を言ってきたら、それは“Its not business”(余計なお世話だ)と言ってやればよい」と言っていたら、本当に米国人らしい男性が英語で文句を言ってきた。それに対し金は 「You American Get out Japan!」とやり返し、周囲から拍手が起きていた。

・西村幸祐 酔夢ing Voice 2005年終戦記念日より(上記講演の詳述)
「20万5千人の参拝者と、一人の元インドネシア独立義勇軍少年兵」
http://nishimura-voice.seesaa.net/article/5932886.html

 参加者には20代、それも20歳になった前後の若者が目立った。世代による戦争観が変わって来て、若年層の靖国支持が広がっているのを実感した。

 質問であるが、若年層の靖国支持の社会的背景は? 歴史教科書問題をライフワークにしているが、加害責任が書かれているのは、80年代以降、それに対抗する「自由主義史観」、つくる会は97年、小林よしのりの「戦争論」は98年、その影響を受けた世代が、現在25〜30歳前後、彼らの意識の形成に何が影響を及ぼしたのか教えてほしい。

当日、拍手を送る若者の一人に聞いてみたら「今日の平和と繁栄は、戦争で亡くなった尊い犠牲の上に成り立っている」との答え。死者と生者のコミュニケーションは宗教の世界だから、とやかくは言わないが、論理的に考えて、戦争の死者によって現在の繁栄があるという考えは、どうしても理解できない。これをどう理解したらいいのか、ヒントをいただきたい。

 

--《靖国神社8月15日の特別企画》日本会議のホームページより)----------

 

「終戦60年 国民の集い」プログラム
8月15日「終戦60年国民の集い」

第1部 第19回戦歿者追悼中央国民集会
     司会:大原 康男(国学院大学教授)
10:30 開会の辞
    「国歌」斉唱、「國神社」拝礼、先導:小田村四郎(日本会議副会長)
    「終戦の詔書」拝聴  ※当時の録音放送より
10:45 主催者挨拶
     三好 達(日本会議会長)、堀江 正夫(英霊にこたえる会会長)
11:00 各界からの提言
     平沼 赳夫(前経済産業大臣)、長谷川三千子(埼玉大学教授) 

クライン孝子(ノンフィクション作家)、小野田 寛郎(小野田自然塾理事長)
12:00 戦歿者への黙祷 (正午の時報にあわせて)
     天皇陛下のお言葉拝聴(政府主催全国戦歿者追悼式の実況放送より)
     「声明文」朗読
     天皇皇后両陛下サイパン行幸啓(6/27・28)「奉迎活動」報告
     「靖国神社に参拝する全国地方議員の会」紹介
     「海ゆかば」斉唱
12:20閉会の辞
第2部 靖国のこころー追悼と感謝の集い
     司会:大高未貴、桜林美佐
12:45 「日本の歌」コーラス 
     開会宣言 小堀桂一郎(東京大学名誉教授)
13:00 終戦60年―日本への提言@

石原 慎太郎(東京都知事)、西村 眞悟(衆議院議員・民主党)
     山谷 えり子(参議院議員・自民党)、松原 仁(衆議院議員・民主党)
     古賀 俊昭(東京都議会議員)
13:50 英霊に捧げる歌@
     つのだ☆ひろ(ミュージシャン)
14:10 終戦60年―日本への提言A
     西尾 幹二(評論家)、高竹 和明(日本青年会議所会頭)
     出来山 双一(日本相撲協会審判委員)
     青少年から英霊への感謝の言葉
14:35 英霊に捧げる歌A
     今尾 滋(バリトン歌手) 、あべ まりあ(シンガーソングライター)
15:00 終戦60年―日本への提言B
     イドリスノ・マジッド(世界イスラム連盟東京特派員)
     金 美齢(台湾総統府国策顧問)
15:20 英霊に捧げる歌B
     三枝 万祐(歌手) 、長野 安恒(オペラ歌手)
     みんなで「日本の歌」の合唱
16:00 閉会のことば「青年の誓い」   
―「靖国神社20万人参拝運動」に対するご協賛のお願い―
 (集金非協力のため以下略)
------------------------------------------------------------------------ 

 司会(上杉氏)

 小林よしのりの名前が懐かしい(笑)。

次世代への影響を恐れて小林を批判したが、力及ばず、ご指摘の事態を招来してしまった。

 

 吉田A5. ― 若年層の自信喪失、歴史教育の未成熟が原因、娘一人も説得できん… −

 非常に難しい問題。つくる会の結成は97年、吉見俊哉氏の研究によれば、主張自体は、82年に教科書問題が起きた時に論調を変えた「諸君!」などの主張とほぼ同じの焼き直しにすぎない。にもかかわらず、90年代後半からこの主張が広がった背景は何か? やはりグローバリゼーションの進展と国内の「構造改革」による、社会的統合の弛緩への不安感を多くの人々が共有しているのが大きいのでは?

 世論調査で日本人の意識調査が始まったのが、1973年か75年以来NHKが5年ごとに行っているが、NHKはナショナリズムを対外的な優越感から見ている。80年代の後半までは、右肩上がりの一流国意識や、自国民の優秀性への自負が上がっていたのが、バブルの崩壊の直前から急速に下がりだす、自信喪失している。特に若い世代にその傾向が著しい。

 上の世代は、悲惨な敗戦から立ち直って経済復興した実績で自信を保てるが、若い世代に落ち込みが激しい。80年代の日本文化論は、ジャパンアズナンバーワンのような「勝利の快感」で支えられていたのが、挫折して崩れていこうとしているものを守りたいという屈折したナショナリズムではないか? それが若い世代の中国や韓国人への感情的な反発につながる。

 もう一つは、自身への反省であるが、今の20代は、戦後の学校教育の中で初めて、義務教育レベルで加害の実態を教えられた世代である。80年代の後半に日本の教科書はかなり変わり、初めて慰安婦や南京虐殺の加害教材が登場する。私たち(吉田氏は1954年生)は、それをまったく知らないままに青少年期を過ごした。

 歴史教育のあり方を含めて反省しなくてはならない。若い20代の学生たちと話していると「加害の歴史を強制されて教え込まれた」という意識が非常に強い。「なぜいつまでも経っても、反省と謝罪を続けなければいけないのか」との反発が、真面目な学生の間にも非常に強い。

歴史教育の流れを知るものから見れば、多少とも謝罪めいたことが始まるのは、やっと90年代になってからで、それまで日本は、ひたすら被害者意識の下で生きてきたと思うので、認識に大きなズレがある。

親も教師も戦争体験を持たず、当然ながら当事者意識もない世代に、加害の問題や侵略の歴史をどう教えたらいいのかという、歴史家や歴史教育関係者の未熟さを自覚せざるを得ない。

最近内海さんたちの共著、近藤一(はじめ)さんという一人の兵士に即して、被害と加害の関係を具体的に描いていて、強い印象を持ったが、それらをきちんと詰めてこなかった私たちの問題も考え直す必要がある。

 

・「ある日本兵の二つの戦場‐近藤一の終わらない戦争」(社会評論社)
内海愛子石田米子加藤修弘【編】

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9979097973

 

 最近多用するジョークだが、中学二年生の私の娘が、テレビを見ていて「中国や韓国と日本は、何でケンカしているの?」と聞かれ「昔日本が攻めていって、とっても悪いことをして云々」と教えたら「私が攻めていったわけじゃないのに、何で今さら言われなきゃいけないの?」と言われ(笑)、反論できなかった(失苦笑)。

その辺の被害と加害の問題を私たち歴史家もどう位置づけて、どう教えたらいいのか? というきちんとした議論をやるべき時期に来ている。

司会(上杉氏)

かなり娘さんに甘い体質が露呈されてしまいました(笑)。

 

Q6.D氏 ― 収集した遺骨の処理は? 大阪判決の影響は? A級戦犯合祀の経緯は?−

内海氏へ、残された遺骨の問題もあるが、収集された遺骨の行方にも問題がある。千鳥ヶ淵墓苑で調べてみたら、収集された遺骨が、遺族の許へ帰った例は非常に少ない。結局、引き取り手がなく処理に困って、千鳥が淵に「捨てられて」いる状態である。厚労省の管轄のはずだが、未だにそのままなのは非常に不思議である。

一方で遺骨収集は、予算が付いて続いているが、その実態は? 時間がなければ千鳥が淵の実態だけでも教えてほしい。内海氏らは入って調査できると聞いているし。

田中氏へ、先日の大阪の判決は勝訴ではないとの台湾側の主張に同意。形式上は勝訴なので、政府は控訴しないはずで、違憲判断は生きていくことになる。これが判例になるのだろうか? 将来的な見通しは?正反対の判決が出た東京高裁との関係は?

 吉田氏へ、昭和53(1978)年のA級戦犯合祀の経緯は? 政府のとんでもない行為の研究はなされているのか?

厚生省と「資料をありがとう」で合祀した靖国との認識のズレが感じられる。憲法上許されないはずだが、政治責任を追及した著作や研究はあるだろうか?

 Q7.Q3の某女の知人 ― マスコミはなぜ問題を取り上げない ―

 田中氏から吉田氏の質問で出ていたマスコミの限界を痛感。強制連行裁判で中国から来日し、親族の墓前で号泣した遺族の姿を見て不眠症になるほどだった。反日デモの報道ばかりで、怒りの原因へのテレビ放映がまったくない。再現ドラマでも作られれば意識の変化も見込めるが、何故取り上げないのか?

 Q8.上杉氏 ― 靖国に代わる施設はどのように ―

 靖国に代わる施設はどうあるべきか? も加えて一人3分でお願いしたい。

 

・靖国の地に非宗教の国立墓苑の設置を提案するホームページ

「桜の花咲く靖国で会おう」国立戦没者戦没者墓苑設置によせて

http://www41.tok2.com/home/yasukuni/

 

 吉田A6. ― 情報公開法で解明へ ―

A級合祀の経緯の研究はまだない(笑)、申し訳ない。情報公開法を駆使して現代史研究者が解明する必要がある。今度の「NHKスペシャル」でもそれなりの成果を出せた。

吉田A8. ― 無理がある靖国固執、既に着手済みの新追悼施設の整備 ―

このまま靖国で突っ走るには無理があり、必ず揺り戻しがある。今回の小泉首相の行動も、ある程度それを睨んでいる気配がある。いきなり無宗教の追悼施設への合意はできないので、自衛隊の殉職者の慰霊碑のメモリアルゾーンの整備から始めるのではないか。レジュメにも紹介したが、メモリアルゾーンは、小泉首相が8月15日の靖国参拝を公言(内外の圧力に屈し8月13日に前倒し惨拝)した01年の秋から整備が始まっており、以前から準備がすすんでいる。

ただし内外の世論の批判に押される形で、無宗教の、国立と議論をするのは問題があって、靖国を通じて向き合わなければならない多くの問題を省略して、他国の国民感情に配慮するにはこれしかないという形で、これを選択するのは不幸なことで、きちんとした議論が望まれる。

内海A6. ― 千鳥ヶ淵は墓ではない!「靖国で会おう」の残酷さ ―

千鳥が淵と新追悼施設はリンクしている。戦記物の映画やドラマに出てくる「靖国で会おう」の残酷さを認識すべき。靖国に辿り着けない死者、「靖国で会う」ために投降できずに死んだ人たち、戦死と認定されない死者たちがどれだけいたか? 靖国に辿り着くまでの日本兵の無残な死について思いを致すべき。

千鳥が淵は墓ではない。一昨日の国会の中の集まりの「戦没者追悼を正す全国連絡会(0422-53-3861)秋山格之助副会長が「千鳥が淵墓苑の沿革と違法な現状」をまとめている。千鳥ヶ淵ができたのが1959年で、33万5千体の遺骨しかない。国立追悼施設の議論以前に千鳥ヶ淵の現状を議論すべき。千鳥ヶ淵への調査方法は探索中。

 

・千鳥ヶ淵戦没者墓苑の遺骨の扱いを批判する保守系ブログの例

「無宗教」はそんなにいいことか。2005.5.19付

(スペースが足りず、遺骨は高温で再焼却、粉末に粉砕されて収納されている!)

http://web.sfc.keio.ac.jp/~gaou/cgi-bin/mondou/html/035184.html

 

・「千鳥ヶ淵戦没者墓苑の改善と国立墓苑に関する質問主意書」保坂展人代議士の国家質問

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a151118.htm

 

・「千鳥ヶ淵墓苑における遺骨取り扱いの改善と

国立の戦没者墓地建設促進に関する質問主意書」阿部知子代議士の質問

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a154065.htm

 

 田中A6. ― 違憲「判断」をどう活用するか、出ていない合憲判断 ―

 確かに主文は全面敗訴。敗訴の道筋を語っているのが違憲判断部分。法的には判断部分は傍論、「裁判官の呟き(某憲法学者)に過ぎない。違憲判断を批判する立場からは、捩れ判決と呼ぶが、それが始まったのが91年の宮城靖国訴訟で、仙台高裁が主文で全部棄却する一方、ほぼ全ページを費やして首相や、天皇の公式参拝が違憲であることを記載されたものが残ることになる。

 運動論の問題としてこれらをどう上手く使っていくかである。但し、敗訴は敗訴、実務家の弁護士は、主文で負けても、残りを次にどう使うかを考える。違憲「判決」ではなく、違憲「判断」をいかに活用するかが、運動のあり方である。誤解なきよう強調したいのは、靖国訴訟では、合憲判断は一つも出ていない。

 田中A8. ― 靖国を克服しないと二の舞 ―

 国立の追悼施設の問題は、数年前から話題になるが、靖国批判派の中での議論は分かれている。対立点は、「国のために、国のせい」で死んだ、殺された人たちは、国家が責任を以って追悼すべき、沖縄の平和の礎のようなものならいいのではないかという意見である。

 私は、現段階の国立追悼施設には反対。靖国のあり方や思想を克服しない限り、国立追悼施設を作っても二の舞になるだけ。無宗教というものが本当にあり得るかも疑問。

 司会(上杉氏)

 長時間ありがとうございます。すべての質問に答えきれず申し訳ない。1985年の中曽根首相の公式参拝に対抗するため、アジアの方たちを追悼するため、「心に刻む集会アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会)」を立ち上げ活動してきた。

・心に刻む集会(アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会)
http://kizamu.exblog.jp/i10

 活動の過程で考えたのが、「私たちは、靖国神社では追悼をしていないのではないか」本当に追悼のことを考えると、自分たちの親族の惨めさが理解できた途端に、アジアの人たちが見えてきた。自分たちが被害者であることを突き詰めると、加害者の責任が見えてくる。そういう回路がないとおかしい。

 加害から被害に入ってきても、被害から加害に入ってきても、どちらでもいいと思う。20年の運動でまだまだ弱点はあるが、我々はもう一段被害者意識を高めながら、アジア全体の戦争を克服する段階に入ったと思う。

 では皆さんお疲れ様でした。

 

 再構成にあたって残った再確認を要する疑問点、不明点、訂正点

1)小島清文氏の投降箇所と最終階級

 投降場所:ミンダナオ島(内海氏)、ルソン島(検索各サイト)

 最終階級:少尉(中帰連)、中尉(左記以外の各サイト)

2)サイパン玉砕、民間人合祀に言及した澤地久枝氏の著作名(書名を紹介したいので)

3)雲南省の小学校新築費用を折半した政府機関…中央課とはどこか?

4)東南アジアで遺骨収集している青年組織

 国士舘ともう一つは? 「建青館」と聞こえたが正しくは?

5)田中伸尚氏言及の合祀取り下げを靖国に拒否された人は誰?

 「私の父は…」と聞こえたが、知人かもしれない。

6)生存合祀取り下げを伝えた東亜日報の記事の日付(検索で出ない)

訂正箇所:

1)洪思翊の勤務した収容所を誤:台湾(内海氏)→正:フィリピン

2)Q2での合祀時点での朝鮮、台湾の国籍

誤:田中氏A2での靖国の怪答「亡くなった時は、日本人でなかったから」

正:「亡くなった時は、日本人であったから」(言い間違えか、聞き取りミス)

校閲:語順の入れ替え、単語の追補→特に吉田氏が大規模に

(田中氏が「お刺身」なら、吉田氏は「鯵のたたき」レベルにまで再構成)

講演録作成&文責:原 良一RENK&守る会&救う会&難民基金会員)←対北朝鮮関連

             (戦争責任資料センター会員)

講演録の問合せは:〒260-**** 千葉市中央区***-**-*-*** 原 良一宛

         電話/Fax:***-***-****(留守録あり)

      (注:上掲の住所・電話番号については当HP編集者の判断で一部伏字にしました)

         E-mail:roy.hara@k6.dion.ne.jp

         ※本講演録は、原良一個人の活動で、所属団体の活動ではありません。


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