アフガン・イラク・北朝鮮と日本
シンポジウム「北朝鮮に人権を!」参加レポート('04.11.02)

  はじめに--「特定失踪者調査会」「法律家の会」の運動について

「特定失踪者調査会」について
 金正日総書記が'02年9月17日の小泉第1次訪朝で北朝鮮による拉致を認めて以降、現在、10件15名の日本人拉致が日本政府に認定されていますが、それ以外にも北朝鮮に拉致されたという疑いを捨てきれないケースが数百名の単位で存在します。「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)ではこれらのケースに該当する人たちを「特定失踪者」と呼び、'03年1月に「救う会」とは別に独立の調査組織「特定失踪者問題調査会」を設立して、特定失踪者問題の調査・告発・啓発を行っています。
「法律家の会」について
 「法律家の会」(北朝鮮による拉致被害者の救出に取り組む法律家の会)は、「特定失踪者調査会」と協力して特定失踪者問題の調査・告発・啓発を行っている全国の弁護士有志の会で、'03年3月に設立されました。これらの人々の中には、自由法曹団の弁護士として過労死問題などに取り組んできた方も居られます。現在これらの方々は「拉致」「特定失踪者」問題を人権問題として捉え、日弁連などの中で啓発活動を行っています。
当サイトの姿勢について
 当サイトは、排外主義的潮流とは一線を画しています。現在の「救う会」指導部の路線についても支持していません。しかし、『平和・民主・人権の東北アジア』を目指す立場から、北朝鮮の人権抑圧を糾弾し「拉致問題の幕引き」には反対します。「特定失踪者調査会」や「法律家の会」の活動についても積極的に支持します。以下、上掲『拉致と強制収容所--北朝鮮の人権侵害』の一節から(P.175〜176)。

 
これまでは憲法を盾に右も左も逃げていた。右は「あの占領憲法がある限り何もできない」と言い、左は「平和憲法を守らなければならないから何もできない」と言ってきたのだ。言っていることは反対だが何もしないのだけは同じである。このような責任逃れはもうやめにしようではないか。「大東亜戦争はアジア解放のための聖戦だった」という人は目の前で苦しめられている拉致被害者や北朝鮮の人々を解放するために、「侵略戦争だった」という人はその償いのために、ともかく現実に苦しんでいる人々を救うことが必要なのではないだろうか。

参 考 資 料
  シンポジウム「北朝鮮に人権を!」参加レポート

【転載】 11月2日シンポジウム(沢村板での三浦小太郎さんの投稿)
 
投稿者:社会主義者(代理投稿)  投稿日:11月 7日(日)09時29分10秒
11月2日、「北朝鮮に人権を」というシンポジウムが、弁護士会館5階にて開催されました。以下、簡単ですが、録音テープに基づき報告します。

まず、法律家の会の川人博弁護士、木村晋介弁護士から、この集会が北朝鮮の人権問題と拉致問題に取り組む人々の国際的な連携に繋がることの意義を確認すると共に、この人権問題について日本の弁護士がもっと関心を持つべきなのに、現実的には弁護士組織の活動が鈍く、時には北朝鮮の側に立って日本政府やマスコミの報道姿勢を批判するような文面すら見られる事、これを是正していきたいという強い姿勢を示しました。
続いて、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会の小川晴久名誉代表が発言。今回翻訳され日本でも発売された「北朝鮮 隠された強制収容所」(草思社)は、北朝鮮の山中にある恐ろしい政治犯収容所、また中国から強制送還された脱北者を収容し厳しい拷問などが加えられている集結所(国境沿いの脱北者の収容所)などの衛星写真と、現実にそこで惨たらしい弾圧を受けた人々の証言を組み合わせた素晴らしい本であること、さらに実際の収容所体験者をお招きしてこのような出版記念のシンポジウムが開かれた事の意義を簡潔に述べ、同時に出版社や協力者の努力への感謝の意を示しました。
そして、ナチスのアウシュビッツ等の強制収容所も、第2次世界大戦中に航空写真によってその実態が実は知られていた事を報告、北朝鮮の現在の収容所は現在進行形の歴史的悲劇であり、この解体を目指す事が、北朝鮮の現在の抑圧体制を変えていくことに繋がると述べて挨拶を結びました。

続いて、デビット・ホーク(通訳依藤朝子)氏の報告に移り、まず、ホーク氏はアメリカの北朝鮮人権委員会を代表して本書の日本語版出版とこのシンポジウムへの招請を感謝し、本書を活用して、国際機関、ジャーナリスト、政治家、研究者などが、広く北朝鮮人権抑圧の実体を知り、その改善に努力して欲しいと述べました。
 同時に、このような報告書を90年代以前にまとめる事は難しかった、なぜなら、95年以降の北朝鮮難民の大量脱北という現実が本書の背後にはあり、それによって様々な証言を多角的に集める事が出来たからだと指摘しました。
ホーク氏は、北朝鮮の収容所における人権侵害は現代社会ではもっとも酷いものであり、北朝鮮社会には、結社、集会、報道など民主主義社会では当然であるはずのあらゆる自由が存在しない事、さらに収容所はスターリン時代のソ連をモデルにした奴隷労働を目的としている事、収容所には韓国の唄を歌ったりラジオを聴いたとか、およそ罪とは言いがたい行為で沢山の人々が入れられて、苛酷な労働につかされている事、また脱北者が強制送還された場合、中国でどのような場所にいたか、誰にあったかを克明に聞きだされる、そこでひどい拷問が生じることなどを指摘しました。
 以上のように、北朝鮮の人権抑圧の有様をコンパクトに説明した後、ホーク氏は、朝鮮半島には核問題、ミサイル問題など様々な問題があり、北朝鮮現政権はとにかく経済援助を取りたがって色々と交渉をしてきているが、ミサイルや核問題だけではなく、あくまで人権問題、拉致問題が交渉の場で提起されなければならないこと、今後時間はかかるかも知れないが、日米の市民団体も声を挙げ続け、このひどい人権問題を追求していくべきだと提言して報告を終えました。

続いて、脱北者の金英順氏(女性)が報告。金氏は1937年5月26日生まれ。北朝鮮では平壌総合芸術大学にて舞踊を習い、朝鮮民族舞踊は戦前からの有名な舞踊家、崔承姫に学び、クラシックバレエについてはソ連留学経験のある先生につきました。完全にエリート層にいたといえるでしょう。
しかし、1970年、突然逮捕され保衛部に連れて行かれます。何の罪とも分からぬうちに、毎日何をしていたか、誰と話したかを克明に聞き出され、ついには家族全員でヨドック収容所へ(両親、子供4人)自分は8年1ヶ月ぶりに出ることが出来ましたが、夫は70年4月に逮捕され、それ以降姿を見ることはありませんでした。なんと、この夫は同じ職場(出版部)にかの有名なシンガンスがいたとのことです。夫は彼の密告で捕まったと金さんは確信しているようでした。(シンガンスがスパイだった事は当時は分からなかったけれども、非転向長期囚として北に戻ってきた時に分かったということです)

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【転載】 シンポジウム2(沢村板での三浦小太郎さんの投稿) 
投稿者:社会主義者(代理投稿)  投稿日:11月 7日(日)09時26分57秒
さらに、幾つかの実例を挙げ、北朝鮮帰国者が数多く収容所に入れられている事を指摘、「帰国者は北朝鮮という国を愛してきた人たちなのに、北朝鮮と言う国には道理も何もない、北朝鮮は帰国者を資本主義国から来たスパイだと考えて収容所に入れている」と厳しく批判しました。
最後に、現在の北朝鮮の体制は民主主義とは水と油であり到底共存する事が出来ない、かの体制を民主主義諸国は連帯して崩壊させなければいけないと厳しく宣言して報告を終えました。
この後、質疑応答が行われ、続いて北朝鮮難民救援基金の野口孝行氏が発言。野口氏は脱北者救援活動の最中、ベトナム国境を目前として中国関係により不当逮捕され、この8月に釈放され帰国しました。野口氏は救援の失敗を悔悟の思いと共に語り、脱北者は共に帰国者であった、彼等は私に中国であった時点から、日本に帰れるのだという思いに駆られただろう、また、拉致被害者も、こうしている間にも、日本の事を何とか帰りたいと思っているだろう、この人たちを救い出さなくてはいけないはずだと訴えました。
さらに、自分が8月に帰国して暫くはまるで浦島太郎のような心境だったが、何よりも嬉しいのは、自分が捕まる前は、このように様々な市民団体が、国境や立場を超えて連携してシンポジウムを開くような事は考えにくかった。それが実現している事の意義は大きい、拉致問題も、脱北者問題も、収容所問題も、全ては人間を人間として扱わない北朝鮮現体制から生み出される問題である事を強調し、各団体が様々な立場から運動を盛り上げ、さらに共通の目的を見失わずに連携していく事を呼びかけました。
続いて、失踪者藤田進氏の弟、藤田隆司氏が発言。藤田氏は脱北者により、北朝鮮から兄、進氏の写真が届けられ、政府による認定を求めている。藤田氏は、自分は全くノンポリの市民であり、このような問題に関わる事があろうとは思ってもみなかったが、今回、兄の写真が明らかになって、北朝鮮が太平洋側でも活発に拉致を行っていることが明らかになった。そして、加瀬てる子さんの写真が出てきたと言う事は、この拉致問題は42年も前から発生していたことの証拠だ。政府は私達家族が生きている間に、この問題を絶対に解決して欲しいと述べました。
続いて被害者家族会事務局次長増元照明氏が発言。二〇〇一年に家族会が訪米した時も、日本の人権団体や政治家に比べて、アメリカの人たちは遥かに熱心に、かつ、具体的に、自分達は何が出来るのか、何をなすべきかを聴いてくれたことを再確認し、日本側は、どうも政府も人権団体も、「国交が北朝鮮とはないのだから難しい」「このような状態では難しい」と困難な現状を分析するばかりで、積極的に事態を切り開こうと言う姿勢が薄いと批判、私達日本は、もっと北朝鮮に対して怒らなくてはならないのではないか、北朝鮮側が、めぐみさんは精神を病んで入院したなどと言い出したら、「それは君達が連れて行ったから病気になったのではないか」と迫るような交渉姿勢が大事ではないかと述べると共に、あのような恐ろしい国を隣国に作り出し、延命させてしまったのは日本にも大きな責任がある、その解決のためには、個人的考えだが、日本は経済と言う大きな武器を使って北朝鮮を崩壊させるしかないのではないかと思う、と言う強い決意を示して発言を締めくくりました。
ここで、横田めぐみさんのご両親が簡単に挨拶をし、父、滋さんは、11月8日に、救う会が星陵会館で緊急集会を行うことを報告すると共に、来るべき実務者協議に向けて、特定失踪者の人たちを少しでも認定し欲しいと述べ、母、早紀江さんは、この集会の意義を評価するとともに、色々な視点から、このような「悪」は許せないと言う人々の意志が結集していく事を喜びたいと、幅広い連携を呼びかけました。
最後に荒木和博特定失踪調査会代表が結びの言葉として、北朝鮮の人権問題と、この拉致問題は根本的なところで結びついているのだと言う意識を決して忘れるべきではない事、今の北朝鮮の現実と実態を見つめれば、「粘り強い交渉」などを行っている場合ではないこと、この人権抑圧も拉致被害者救出も、北朝鮮現体制崩壊を目指して一刻も早くすすめていくべきことを強調しました。
そして、ホーク氏の今回の業績に感謝すると共に、同時に、このアジアの隣国北朝鮮の人権問題は日本がむしろ率先して解決しなくてはいけない事、それが出来ていない事は日本国民として恥ずかしい限りである事を述べ、そうなれば、今度はホークさんはいまだ世界の目が殆ど届いていない別の国の人権侵害に取り組む事ができる。北朝鮮の独裁体制を崩壊させるしかない、様々な団体がアプローチは違っても、そこに向かってゆくだろうと発言を結び、今回のシンポジウムは閉会しました。

【編集者注】投稿原文の改行位置のズレを修正済。

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【転載】 国際シンポジウム「北朝鮮に人権を!」の補足(沢村板での原良一さんの投稿) 
投稿者:社会主義者(代理投稿)  投稿日:11月 7日(日)09時32分18秒
 三浦さん、シンポジウムの報告ありがとうございます。相変わらずお手が早い(笑)。遅筆で蝸牛レスの私は見習わないと(汗)。

 実は、報告の元になる録音テープを録っていたのは私なので、当日のメモ、配布資料から少し補足させてください。

 今回のシンポジウムの正式名は「北朝鮮に人権を!」で主催者は、「北朝鮮による拉致・人権問題に取り組む法律家の会」(代表木村晋介氏ら弁護士による団体)及び「北朝鮮人権アメリカ委員会」の二団体、これを特定失踪者問題調査会、守る会(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)、難民基金(北朝鮮難民救援基金)が協賛する形で開かれました。

2004/11/2「米北朝鮮人権法成立を受けシンポジウム」
http://blue.ap.teacup.com/star717/114.html
(蒼星板集会告知欄より)

 最初に報告したデビッド・ホーク氏は「北朝鮮―隠された強制収容所」(草思社)の著者で、米国アムネスティの前理事、ヒューマインライツ・ウォッチ・アジア顧問、前UNHCRカンボジア事務所監督者にて今回の米国「北朝鮮人権法」成立の立役者の一人でした。

 次に報告に立った金英順(キムヨンスン)女史は、2000年に脱北氏、公の場で発言をするのは今回が事実上始めての方です。彼女が山送りになった理由は、実は豚金正日の妻が成尢ヤ(ソンヘリム:当時)であること、また金正日の出生地が国内の発表と異なり、ソ連領であることを知人に話したというただそれだけのことで、本人は耀徳強制収容所で8年、連座のとばっちり(収容中の栄養失調=事実上の餓死刑や事故)で両親、息子、夫までも殺されたのでした。

 また、収容所送りを免れた他の親族もチャジンチグン(音訳)の金鉱に左遷され、重労働を課せられたといいます。そしてその金鉱は、39号室、つまり金正日の不正蓄財のための機関が管轄していた金鉱だったとの金英順女史の発言も付記しておきます。

 当時は、人妻だった成尢ヤ(ソンヘリム)を略奪婚の形で金正日が無理矢理結婚した経緯があり、バイ金正男の出産と併せ豚金親父(金日成)にも両者の結婚を秘匿していたので、金正日の逆鱗に触れたのだと思われますが、金英順女史の耀徳収容所での同期(?)には、金日成の首のコブについて発言したとか、豚金父子の「誤真影」(肖像画)を粗末に扱ったとか、金父子を呼び捨てにしたなど、罪でもない罪で虫けら以下の境遇に落とされた人々が多数いたとのことです。私名付けるところの「金父子の、金父子による、金父子のためだけの金氏朝鮮独裁体制」、国家の私物化も極まれリを象徴する、との印象が残りました。

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【転載】 鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず(沢村板での原良一さんの投稿) 
投稿者:社会主義者(代理投稿)  投稿日:11月 7日(日)09時34分24秒
 昨日の国際シンポジウム「北朝鮮に人権を!」の報告に関連して、もう一件紹介したい話があります。

 シンポ終了後の帰途、出席者の一人野口孝行氏と話す機会があり、深く考えずに拘束中、拷問等を受けたことはないかと尋ねたところ、野口氏は拷問や暴力的な取調べにはまったく遭わずにすんだが、帰国後の幾つかの集会で同種の質問を受け、「それは全然ありませんでした」と安易に語ってしまったことで、中国当局の情報操作に加担する結果になってしまった、と硬い表情で語るのです。

 そもそも、中狂当局が、自ら批准した国際条約に違反して保護すべき難民である脱北者を弾圧すること自体論外なのに、それを保護せんとする外国のNGOを逮捕することなど以っての外(ほか)の所業です。また日本人の加藤博氏や野口氏に比べて、韓国人NGOに対する取扱いや課す刑は遥かに過酷、という事実もある。ところが、不当な取調べを受けなかったとうっかり喋ったことでそれらを隠蔽する結果になってしまった、と悔いているのです。

 帰国時にも自身の無事の帰国よりも、送還されてしまった脱北者への無念の思いを語っていたいかにも野口氏らしい発言ですが、これに対して私は、そのように否定的にのみ考えるべきではなく、逆に言えば、先に逮捕された加藤博氏が拷問まがいの不当な取調べへの批判を各地で繰り返していたからこそ、中狂側も国際世論の風当たりを気にして手を出せなかったといえる面があり、救援活動の有効性を示すものだと考えるべきだ、と申し上げました。

 脱北者の救出という目的を達成できなかった以上、野口氏が自身を責めるのは当然ですが、釈放運動の広がりを通して、問題の存在を広く周知できたという政治的効果はあった、野口氏は中国側の狡猾さにしてやられたと感じていますが、それだけ計算高い中狂に脱北者への弾圧がもたらす不利益を悟らさればいいのです。

「鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず、声ある者は幸いなり」

という言葉があります。最近ビデオで見た映画「イノセンス」の一節(出典は明治時代の編集者斉藤緑雨)で、声を挙げない者は救済されない、という意味です。蒼星板で健筆をふるうアンデスの声さんが紹介していた「泣かない赤ん坊はミルクにありつけない」(西洋の諺)にも通じる話でした。世論の後押しを得られた日本人拉致問題は前進し、加藤、野口両氏も「早期」に解放された。逆に、北朝鮮や中狂を刺激したくないと声を挙げなかった韓国の被害者たちには、中朝両国はやりたい放題、明らかな結果も出ています。

 今回、脱北者の救出は叶わなかったものの、加藤博氏の告発で部下である野口氏への暴力は抑止できた、脱北者への虐待の阻止は次回の課題ということで、さらなる不断の努力が必要です。そしてその道の先には、抑圧体制の崩壊、内外の拉致被害者を含む北朝鮮によるすべての人権問題の解決があります。今回のシンポジウムの主催者である法律家の会も、会が取り組む課題が広がったとして今年9月「北朝鮮による拉致・人権問題に取り組む会」と改称した、と当日の資料に付記されていました。

 拉致とは直接の関係のない事案にも拘わらず、野口氏の救援に多大のご協力をいただいた皆様と管理人様への感謝と併せ紹介させていただきました。

 付 記
 投稿が遅れたのは、会場での公的な発言ではなく私的な会話からだったので、公表の諒承を加藤、野口両氏からいただく必要があると判断したからでした。話を聞いた時点で公表の諒承を取るべきで、段取りの悪さを反省しています。

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